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「早くて未完成」と「遅くて完璧」 どちらが評価される仕事なのか?

大石哲之(作家、投資家)

2024年06月03日 公開 2024年12月16日 更新

「早くて未完成」と「遅くて完璧」 どちらが評価される仕事なのか?

「時間をかけないといいものはできない」「質の高いものにするには、なるべく多くの時間を使うことだ」これらは常識として、いろいろなところで聞く話です。しかし、少なくとも仕事に関して言えば、これらは噓であるということがわかります。一体それはどういうことでしょうか。優秀なコンサルタントたちへの取材からわかった、スピードと仕事を両立する仕事術とは?

※本稿は『コンサル一年目が学ぶこと』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を一部抜粋・編集したものです。

 

Quick and Dirtyか、Slow and Beautyか?

「大石さん、くだらないところに時間を使わないで、本質的な作業をしてください」

これは、わたしが最初のプロジェクトで言われたことです。そのときわたしは何をやっていたかというと、パワーポイントの資料で、右上のところについているナビゲーションをていねいにつくっていたのです。ナビゲーションとは、「いま1章で、あなたはここを読んでいます」という表示のことで、ウェブサイトではお馴染みのものです。

しかし、資料で大事なのは中身です。本質的なところができていないのに、そんな体裁のところにばかり時間をかけてしまっていた。案の定、肝心の中身はぼろぼろでした。

「いいですか、大石さん、最終的に資料の体裁は大事です。ですが、あなたは新人、そんなつまらない体裁なんか真似ている暇がありますか? あなたは、1日かけてこの資料をつくりましたが、中身はまるでなく、右上のナビゲーションを綺麗にして本番の資料を真似ただけ。中身ができてないのに、体裁なんかではごまかせません」

それを聞いて、「これは、本当にヤバい」と思いました。このままでは、最低の評価を受けるかもしれない。体裁でごまかせるほど、この会社は甘くないのだと。マネジャーは続けてこう言いました。

「大石さん、Quick and Dirtyを心がけてください」

聞いたこともない言葉でした。

「"Quick and Dirty"ですか?」
「はい。反対語は、Slow and Beautyですよ」

Quick and Dirty とは、直訳すれば、「素早く、汚く」ということ。時間をかけて完璧なものを目指すよりも、多少汚くてもかまわないので、とにかく早くつくる。出来は悪くとも、早く仕上げたほうがよいということです。

 

完璧でなくてもいいから、早く出す。

この重要性を、わたしの同期のあるコンサルタントの失敗談から説明しましょう。コンサルタントを経て、現在では、信州大学の経営大学院で教鞭をとっている牧田幸裕さんが、新人だったときの話です。

牧田さんは、ある製薬会社のプロジェクトで、マネジャーから、「ライバル会社のMR(医薬情報担当者)が、一日でどういう活動をしていて、何箇所くらいの病院をまわって、医師に対してどういう活動をしているのか、調べてほしい」という依頼を受けていました。それを聞いた彼は、「わかりました」と安請け合いしてしまいます。

あらためて考えると、到底見つかりそうにない、難しいリサーチです。しかし、当時の彼には「どういう情報が手に入りにくいのか」に対する感度がありませんでした。彼は、リサーチ会社に頼めばすぐ事例は出てくるだろうと踏んでいました。リサーチ会社とは、過去の雑誌や新聞のデータをもっていて、そこに頼むと、コンサルタントのかわりに記事を探してくれるのです。

早速そこにリサーチを依頼した彼は、「明日にはきっと何か見つかっているだろう」と油断して、飲みに行ってしまったのです。

「明日の朝になれば、山ほどデータがきているに違いない!」

翌朝、彼のもとに届いたのは、なんとぺらぺらの記事が1枚だけでした。まあここまでは、新人ではよくある失敗でしょう。しかし、彼は怒られたり、できないやつだと思われたりするのがイヤだったので、引き続き検索してみることにしました。

「本屋に行けば何かあるに違いない」

そう思った彼はタクシーに乗り、八重洲ブックセンターと丸善に行ってみました。しかし、何も見つからない。そのとき、電話が鳴ります。マネジャーからでした。もちろん、この状況を話せるわけもなく、電話には出ませんでした。そして、時間だけがいたずらに過ぎていきます。

「国会図書館に行けばあるのでは......」

しかし、こちらにも何もありませんでした。時間がたつにつれ、マネジャーの期待値は高まっていきます。これだけ時間をかけたのだから、きっとよい結果が出てくるのだろうと。そして、彼が国会図書館からオフィスに戻ると、エレベーターでばったりマネジャーと出くわしました。

「2日経ちましたが、進捗はどうなっていますか? 報告してください」
「すみません。何も見つかっていません。2日調べましたが、わたしには調べられないことがわかりました」

マネジャーは泡を吹いて倒れそうになったそうです。その後、こっぴどく叱られたのは言うまでもありません。

 

3時間で収穫が無いという事実を報告すべきだった

この話で重要なのは、調査がうまくいかなかったから叱られたわけではなかったという点です。そこが、学ぶべきポイントです。

牧田さんは、最初に新聞記事の調査を依頼したとき、一晩調べて何も出てこなかった、その時点で、その「何も出てこない」という調査結果を報告すべきだったのです。何も出てこないのは、つまり「公表されている新聞記事やレポートには、その種のデータは載っていない可能性が高い」という発見です。

もし彼がこのとき、「日経新聞を3時間かけて全部調べましたが、何も出ませんでした。リサーチ会社にも頼みましたが、相手の声のトーンからすると、あまりデータをもっていないのではと思われます。ですから、これは文献をあたるより、製薬会社のOBに聞いてみるとか、医師や薬局にヒアリングするとか、方向を変えてみたほうがよいかもしれないですが、いかがでしょうか」と報告していたら、どうでしょうか。マネジャーは決して怒らなかったはずです。

たしかに困った事態ですが、2日間調べ続けて、結局、何も出てこないリスクは軽減できます。3時間たった時点で、いままでのやり方はダメなので、アプローチを変える必要があると、軌道修正ができたはずだったのですから。

牧田さんは、「100点はいらない。3日の100点より、3時間の60点」と表現しました。時間をかけていきなり100点を目指すより、最初に早く前進して、ラフでもいいので答えを探るほうがいいのです。これが、"Quick and Dirty"です。

これは一般的に言われていることの正反対です。時間をかけてでも100点を狙うのが、筆記テストを中心に訓練されてきた学生時代の考え方です。また、会社によっては、中途半端なものは出すな、時間はかかってもいいから完璧なものに仕上げろ、と教えるところもあるでしょう。ですが、次の2点で、"Quick and Dirty"のほうが理にかなっています。

 

時間をかけずに、まずは大枠の方向性を決める

ひとつは、時間の問題です。実は、0点から90点まで完成させるのにかかった時間と、90点から99点にいたるのにかかる時間は同じだと言われています。そして、99点から100点にするには、さらに同じだけの時間がかかる。徐々に、時間をかけても精度が上がらなくなっていくのです。

これは、ベル研究所のトム・カーギルが提唱し、90点から100点にするのは、0点から90点にするのと同じだけの労力が必要になるという意味で「90対90の法則」といわれています。ですから、90点のところで止めておく。もしくは60点くらいでもOKとする。

60点じゃ使いものにならないのではないか? とお思いかもしれません。もちろん、最終の成果物が60点では困ります。しかし、大枠の方向性を決めるには60点で十分なのです。

たとえば、先ほどの牧田さんのリサーチの例では、新聞と雑誌をリサーチし、文献を調べ、国会図書館に行って100点を目指した結果、成果はゼロでした。そのアプローチ自体が間違っていたからです。初期の段階で、アプローチ方法自体を変えてみるべきでした。暗中模索で何もわからないときに知りたい情報は、東に行くか西に行くか、そういった大きな方向性です。

「文献で調べられるのか、それともやっぱり直接、医師などに聞かないとだめなのか?」

実は早期に結論を出したいのはそこでした。ざっと文献をあたってダメだったという結果は、60点の結果かもしれませんが、大きな方向性のアンサーにはなっています。満遍なく調査をしていたら、2日、3日かけて完璧を目指してしまうかもしれません。

しかし、調査自体で100点を目指しても意味がありません。知りたいことのアンサーになってさえいれば、60点でも70点でもかまわないのです。東に行くか西に行くか、そういうことで悩んでいるときに、何ヶ月もかけて85・3度の方角に行きなさいといった100点の精度の答えは不要です。それより役に立つのは、「西はおそらくダメ」という結論を3時間で出すことです。

そして東にちょっと進んでみて、さらに違う情報が手に入ったら、また方角を決めていく。重要なのは、仮説検証のサイクルを高速で回すことです。そのためにも、とにかくラフでいいので、おおまかな答えを見つけることを最優先とします。おおまかな答えにYESかNOが出たら、精度を高めることはあと回しにして(必要ならあとで行う)、次に進んだほうがいい結果につながります。

 

チームの一員の責務として、リスクは早めに開示する

ふたつ目は、リスクコントロールの観点です。締め切りギリギリになって、方向性が間違っていた、いままでのやり方がだめだったということになったら、すべてやり直しになってしまいます。

方向性が違っても、早い段階なら、みんなの力で方向修正できますが、プロジェクト終了間際になって間違っていたら、たいへんなことになります。ですから、早めに方向性を出して、当たりをつけたほうがいいのです。

その当たりをつけるということが、"Quick and Dirty"の仕事術です。先ほどの体験からリスクコントロールを学んだという牧田さんは、次のように言っています。

「あなたがたった一人で仕事をするなら、完璧を求めてもいいかもしれない。そのリスクはあなたが背負うのだから。ただ、多くの人はチームで仕事をします。上司や同僚がいます。チームの一員としての責務は、リスクを一人でかかえ込まないこと。そのために、リスクは早めに開示することが、相手に対する思いやりなのです」

自分はできる、完璧だということを示そうと、何日もかけて100点を目指すのではなく、方向性が合っているかどうかを早く確かめて、早め早めに相談すること。これは「報連相」の基本でもあります。

 

著者紹介

大石哲之(おおいし・てつゆき)

作家、投資家

1975年生まれ。慶應義塾大学卒業後、外資系コンサルティングファーム、インターネットスタートアップ・エグゼクティブサーチファームの創業などを経て、現在は海外に拠点を移し、投資家としてプライベートな活動を行っている。著書に『3分でわかるロジカル・シンキングの基本』(日本実業出版社)、『過去問で鍛える地頭力』(東洋経済新報社)など20冊以上。

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