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社員をメンタルダウンに陥れる、「相談するのは相手に迷惑」と思い込む日本人気質

藤田康男(Smart相談室CEO)

2024年08月23日 公開 2024年12月16日 更新

社員をメンタルダウンに陥れる、「相談するのは相手に迷惑」と思い込む日本人気質

近年、社会人のメンタル不調が問題になっています。しかし、多くの人が「相談して迷惑をかけるのでは」と悩んでしまい、一人で抱え込んでしまうことがあります。企業はメンタルヘルス対策を実施しているものの、業務外で発生した怪我や病気(私傷病)に対するサポートは、いまだおざなりにされているのが現状です。書籍『社員がメンタル不調になる前に』の一節を紹介します。

※本稿は、藤田康男著『社員がメンタル不調になる前に』(日本能率協会マネジメントセンター)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

「モヤモヤ」したら、まずは相談してイイ

あなたは、なんとなくモヤモヤするなぁ、と思った時、誰かに相談しますか?

私は、調子が悪くなった、もしくは調子が悪くなりそうだからといって、直ぐに誰かに相談しようとは思いません。仕事上でも、どうしても相談しなければならない事柄や、相談した方が、さらに評価が上がると思うような場面でなければ、よほどのことがない限り相談しないと思います。いや、これまではしないタイプでした。

考えてみれば、私自身は子どもの頃、誰かに何かを相談をしたという記憶がほとんどありません。皆さんも社会人になるまで、相談するという経験はあまりなかったという方が大半ではないでしょうか。

もちろん、親になんでも相談できたという人もいらっしゃるかもしれませんが、カウンセリング文化のない日本では、思っていることを素直に口に出すことができない風潮もあります。私は、両親から何かあっても、「あなたが悪い。愚痴は言うな」などと言われ、厳しく育てられてきました。我が家に「相談する文化」はありませんでした。

またその後、社会人になっても、私が新卒で入社した時は、就職氷河期で同期の数が極端に少なく、腹を割って話せる同僚はいませんでした。上司も低迷する日本経済の中で、自社の業績不振と管理職削減で余裕がなく、部下の相談をしっかりと聴ける状態ではありませんでした。

当時から報連相は大事だと言われましたが、報告と連絡のみで、誰かにじっくり相談するような機会はありませんでした。

ですが、自分がやがて管理職になり、事業責任を負うようになってから、体調を崩していく社員を何人もみて初めて、相談することの大切さを痛感するようになりました。しかし、私自身がこれまで人に相談することなく、いつもモヤモヤを抱え込んできた人間です。ですから、社員が自分から相談してくることを望むのは酷だと理解しています。

でも、今ならハッキリと言えます。本当は、「モヤモヤ」したら相談してイイんです。いえ、した方がイイんです。まずは相談してみること。今、そんな文化の醸成が必要な時代になったのだと思います。

個々人が自らの行動を変えることは当然ですが、企業としてもそのような文化を創り、社員が個人として相談できるような環境づくりをサポートするべきだと思います。

では、なぜ、そもそも人は相談しないのでしょうか。私自身の場合を整理してみました。

まず、人に相談すると「その人に嫌な印象を与えてしまうのではないか」「迷惑をかけてしまうのではないか」と考えていたのです。そしてなにより、自分の評価が下がることを心配して相談できなかったことに気付きました。

次に、改めて「自分には相談できる人がいるかな?」と考えてみました。何人かの顔は思い浮かびます。でも、やはり相談できそうにありません。なぜなら、「相談すると、相談相手の貴重な時間を奪ってしまうのではないか」と思ってしまうからです。

そして、「興味のないことに付き合わせてしまってよいのだろうか」「相手も忙しいだろうに、予定していることができなくなってしまうんじゃないか」とまで考えるのです。そんなことを想像するだけで、どんどん落ち着かない気持ちになります。

また、前出の評価が下がるというのは、自分の悪い部分を評価者に見せてしまう、と考えているんだと気付きました。結局、自分が傷つくのが嫌なのでしょう。

以前は「相談してもどうせ何も解決されないに違いない」と思い込み、「解決されないのであれば、相談する意味がない、なので、相談しない」と考えていたところがあります。問題には何らかの原因があり、その原因が取り除かれない限り解決しない、と思っていたのです。

しかしメンタル不調は、問題が解決することによってだけでなく、不安、苦しみ、辛さの「受け取り方」や「考え方」を変化させることでも改善されるのです。30分程度の相談だけでも、気分が楽になり、明日への活力が湧いてくることがあります。

「問題の解決に焦点を当てる」だけではなく、「相談すること自体」に効果があることも理解しておく必要があります。以前の私は、「相談とは、誰かからアドバイスをもらって問題を解決すること」だと理解していました。しかし実際は、不安やストレスを緩和し、メンタル不調に陥るのを防止する作用があるのです。いわゆる「ガス抜き」に似ているかもしれません。

このように改めて考えていくと、相談できる相手が重要であることにも気付きます。そして、相談できる人も、内容も刻々と変化するということにも思い至ります。

現在、私が相談できる人としてイメージしたのは、両親、友人、経営者である友人、趣味で繋がっている方などです。両親に関しては、時の流れと共に関係性も変化しています。

友人については、今ならこの友人、過去はこの友人に相談すべきだっただろう、そして今思い浮かべた友人に将来実際に相談するとは限らないかもしれない、と相手の位置づけは日々変化しそうです。つまり、相談の内容、相談するタイミングに応じ、相談相手を自分で「設定」しているのです。

更に重要だと気付いたのは、自分が誰かから相談を受ける機会があった際は、私がずっと相談しづらいと思っていたときと同様の想いをその人も抱いているであろう、ということです。それを認識した上で寄り添うこと。また、相談してもらえることに感謝し、なぜ自分に相談してくれているのかを理解することで、相談時間がより濃密な良いものになるはずです。

実はこの頃、私は経営上の意思決定で悩んでいる時は、あえて経営に明るくない方に話を聴いてもらうようにしています。当然、経営的なアドバイスは頂けないのですが、ただ話すことで、自分が悩んでいたことに正面から向き合うことができ、精神的に楽になります。

私は、そろそろ、社会全体がこれまで持っていた「相談に対する意味付け」を考え直し、「相談すること自体に価値がある」と啓蒙すべきときが来ていると真剣に思っています。また、人事労務担当者が社員の相談先になることは、非常に光栄なことだとも思うのです。

 

「もっと早く相談しておけばよかった」という社員

私がメンタル不調者にインタビューした際、多くの方が「もっと早く相談しておけばよかった」との想いを話してくださいました。そして、どの方にも2つの大きな共通点がありました。

1つめは、メンタル不調に陥った際、どこからが病気で、どこまでが健康だったのかが分からなかったという点です。これは先にも述べたところですが、重要な点として挙げたいのは、どこまでを健康な状態として「頑張らなければならなかったのか」と、未だに疑問を持たれている方も多くいらっしゃったという点です。

とくに責任感や達成意欲が強い方ほど、自分自身への対応を後回しにする傾向があります。その結果、ちょっとモヤモヤするけれど「まだ大丈夫」「もっとやれる」「頑張りたい」というように、半ば自分を励ますような形で活動を進めてしまうのです。

そして、どこかの時点で限界点を超えてしまう。そうなって初めて周囲の人から休養をすすめられたり、自分でも認識できる程の身体反応が現れたりして、やっと医療機関にかかるという選択をされます。そして、医師に病名を告げられてようやく、自分が病気であると認識するのです。

我々は、自分では自分の不調に気付けないものなのです。もし、もっと早く誰かに相談できていれば、自他ともに異変に気付き、罹患を防げたかもしれません。 

2つめは、メンタル疾患の「治りにくさ」に罹患して初めて気付くという点です。メンタル疾患に対する治療は、数日で終わるものではなく、数ヶ月、数年に及びます。また、治療が完了した後も心のどこかにメンタルダウンした際の感覚が残っていて、その感覚と付かず離れず共に過ごしていくことになります。

この過程を多くのメンタル不調者が実感として持っています。誰にでもなる可能性がある病気にも関わらず、その実態を十分に理解しておらず、罹患した後に後悔している、そのような心境を吐露されます。

そして、1つめと2つめには、決定的な違いがあります。

1つめは「そうなった自分をどこか誇っている」。2つめは「そうなった自分を後悔している」です。インタビュー中、話を伺っていると、1つめは一種の武勇伝を語るような口調で、2つめは誰かを責めるような口調になります。

人事労務担当者は、このように、メンタル不調になった社員の心境は変化することを理解しておくべきです。そういったことが、メンタル不調を「私傷病」であると考える会社と、「会社のせい(労災)」と考える社員という構造に繋がっていきます。そして、当事者がメンタル不調になる過程で、適切な行動を自ら選択するのは難しいでしょう。

この状況を改善するためには、常日頃から社員へ、働く上での必要なメンタル不調に関する知識をインプットし、啓蒙することが必要です。

これまで、社員のメンタル不調の多くを「私傷病」と判断してきた結果、その責任が社員にあるとされてきました。このこと自体、事実としては間違いではないのです。しかし、社員のパフォーマンスに影響を与えるメンタル面のサポートがおざなりになってきたのは事実です。

限られたリソースで環境の変化に適応しなければならない経営環境ですが、目標設定や1on1、研修など、人事施策を検討するのと並行して、社員のメンタル面への目配りが必要な時代になっています。

 

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