政治家や企業CEOのスピーチライターを務め、小学生や大学生の悩みに耳を傾け、多くの人に「言葉」の力を伝えてきた元博報堂スピーチライターでコミュニケーションコンサルタントのひきたよしあきさんの最新書籍『あなたを全力で肯定する言葉』(辰巳出版)が刊行されました。「自己肯定感が低い」「向上心がない」「老害でしょうか」「社畜です」――不幸ではない、でも生きづらい。多種多様な苦悩に、著者が寄り添い、言葉の力でサポートします。(イラスト:江夏潤一)
※本稿は『あなたを全力で肯定する言葉』(ひきたよしあき著/辰巳出版)より内容を一部抜粋・編集したものです。
【お悩み】老害でしょうか。
自分たちの頃とは時代が違うことはわかっています。
ガッツも野心もない、でもおいしい思いをしたこともない、そんな部下たちに自分の論理は通じないのかもしれません。
しかし、志は高くもってほしいし、この願いを伝えるのが自分の役割だと思っています。時に厳しい物言いになってしまうこともありますが、反骨精神でがんばってくれることを期待しています。
ただ、正直に言うと、最近「老害」という言葉を目にするとドキッとするようになりました。
自分は老害なのでしょうか。
――与作(55歳)
自分の中の「思い込み」を直視する
私も同じ世代です。あなたの気持ちが痛いほどわかります。
「もうちょっと踏ん張れば、到達できるのに」
「実力はあるんだから、もう少し目標を高くもてばいいのに」
と、若い人の話を聞くたびに思います。「親心」に近いものですよね。心の奥底では、あなたの思いに、「そのとおりだ!」と共鳴しています。
しかし、世の中の流れは、思った以上に早いようです。
大学で講義をするたびに、生きてきた時代、価値観の違いに愕然としています。学生にわかりやすいだろうと思って「ドラゴンボール」の話をしたら、ほとんどの学生が知りませんでした。「北斗の拳」はさらにひどい。
一度「巨人の星」という昭和を代表するマンガの画像を見せたことがあります。
父親が、息子を殴りつけている。ちゃぶ台がひっくり返り、料理が宙に舞っている。それを見た瞬間、学生の顔が凍りつき「こんなDVをテレビで流して問題はなかったのか」「暴力といい、料理の扱いといいSDGs的に問題がある」と、真剣に怒りだしました。
こうしたものを喜んで見ていて、精神論ばかりを押しつける、「老害の極みだ!」という空気になっていきました。正直ゲンナリしましたよ。
無意識の思い込みが「老害」を生む
しかし、学生や若い社会人と長く接していて、「なるほど、彼らが我々を『老害』と言うのも一理あるな」というのが私の実感です。
これだけインターネットが生活に入り込み、今やリアルとバーチャル空間の境目がないような生活をしている彼らと、リアル一辺倒で、「がんばれば、報われる」と信じていた私たちでは価値観が違うのは当然のこと。
それは十分わかっているつもりでも、態度や発言に、若い世代に対する偏見がにじみ出てしまうのです。注意しなければいけません。
「アンコンシャス・バイアス」という言葉をご存じでしょうか。
「アンコンシャス」は「無意識」、「バイアス」は「偏見」です。つまり「アンコンシャス・バイアス」とは、知らず知らず無意識のうちに出てくる思い込みや偏見のこと。これは今、あらゆる企業が、ビジネスコミュニケーションの課題に位置づけています。
では、どんな「アンコンシャス・バイアス」があるのでしょう。代表的なものを4つ挙げます。胸に手を当てながら聞いてください。
①ステレオタイプ(決めつけ)
・今の若いやつらは、辛抱が足りない。
・女は無駄口が多くて、話が長い。
・若いから、ITは得意だろ。
まるで常識であるかのように決めてかかる。これは誰もがやってしまいがちです。
今の50代が社会に出たのは、女性の本格的な社会参画を定めた雇用機会均等法が施行された時代。まだまだジェンダーやハラスメントに対する意識が低い時代です。
つい無意識のうちに「女は」「若い連中は」「理系出身は」「営業のやつらは」など、その人の属性を主語にした「決めつけ」をしていないでしょうか。その決めつけが、時代とズレていないでしょうか。細心のチェックが必要です。
②慈悲的差別(よかれと思って)
・お前の将来を思って「今、がんばれ」と言っているんだ。
・産休明けだから、大変だろうと思って、この仕事から外した。
・お前は外で経験すればもっと成長できると思って、転勤してもらう。
相手の気持ちを確かめず、自分ひとりで「よかれと思って」発言したり、行動する。自分では、相手のためを考えてよいことをしていると信じきっている分、修正が難しいんです。いかがですか、やっていませんか。
③確証バイアス(都合のいいチョイス)
・あの会社もやっているから、うちがやっても大丈夫だろう。
・太田専務も山崎局長も言っているからやろう。
・みんな「あの言い方はひどい」と言っていたよ。
自分の思い込みを正しいものであるように見せるために、自分にとって都合のいい情報ばかりを集める。上位者が権力のある人の名前を並べれば、即パワハラです。
④生存バイアス(成功者の偏見)
・俺の時代は「24時間闘えますか?」と言われて働いたもんだ。
・俺だって、今のお前みたいにつらい時期はあった。でも、それを乗り越えて強くなってきたんだ。
・ 野球に強くなれ。俺は得意先が、大のジャイアンツファンだから必死に野球を覚えて、相手の懐に入っていったんだ。
いわゆる「自慢話」です。老害とは、タイムパフォーマンスの悪い自慢話を若者に聞かせて悦に入ることです。自分では気持ちよく、相手のためになると思っている分、始末が悪いです。
いかがですか。
あなたの発言「ガッツも野心もない、でもおいしい思いをしたこともない」は「決めつけ」ではないですか。「志は高くもってほしいし、この願いを伝えるのが自分の役割」は、「よかれと思って」やっていませんか。
きっと悪気はないし、本当に部下を思い、自分のもっている知識や経験を活かしてほしいと願っているのでしょう。しかし、それを相手が生きてきた時代背景、環境、価値観を知らぬままに話していると、相手に「老害」と思われる確率は高くなってしまいます。
「老害」というレッテルを剥がそう
「老害」と思われないための、あるいは「老害」にならないための解決方法は、たったひとつです。
「自分には、アンコンシャス・バイアスがある」と強く思うこと。同時に、若者もその時代の「アンコンシャス・バイアス」にかかっていることをよく理解して、語りかけていくこと。
「自分は若い」と思っている若者も、次の時代の若者がやってきて、今の若者を「老害だ」と言うようになります。事実、「ゆとり世代」といわれる人たちも、下の世代からは「ソフト老害」と言われているのです。
時間は誰にでも平等に流れ、誰一人同じ姿でいるわけではない。だから自分を「老害」とレッテル貼りする必要はありません。
自分が30代であれ70代であれ、そして相手が30代であれ、70代であれ、自分と違う時間と環境を生きてきた人たちとの「アンコンシャス・バイアス」を強く意識する。
「これって普遍なことかな。私の偏見ではないかな」と謙虚に考える気持ちをもつ。
これを心がければ、あなたの経験談を聞きたいと思う若者も増えると信じています。―自戒を込めて。