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「金融緩和批判」の大誤解

飯田泰之(駒澤大学准教授)

2011年01月31日 公開 2022年08月17日 更新

「金融緩和批判」の大誤解

政策手段はいくらでも残されている

 去る12月3日に臨時国会が閉幕し、同時に、みんなの党が提出していた日本銀行法改正案は廃案となった。同党結党時以来の重要提案であるため、年始の通常国会でも再提出するとのことである。また、民主党においても脱デフレ議連(デフレから脱却し景気回復をめざす議員連盟、松原仁会長)を中心に、さらなる金融緩和と金融政策のルール化への動きが加速しはじめている。

 その一方で慎重論も根強い。しかし、日銀法改正によるインフレ目標・雇用目標の導入や、さらなる金融緩和への批判の多くは、当初提案への誤解に基づいているように感じられる。そこで、あらためて金融政策改革の必要性について整理してみたい。

 第一の批判は、これら政治の金融政策への言及が「日本銀行の独立性を侵犯している」との主張である。これは中央銀行の独立性に関する、完全な誤解である。中央銀行はいかなる意味においても、政府の一部局であることを忘れてはならない。

 金融政策は(じつは金融政策に限らず多くの政策は)、その継続性が市場に信用されることで最大の効果を発揮する。政府が「インフレ抑制のために金融引き締めを一定期間継続する」といっても、それによって景気が悪化し、支持率が低下していったら、政府はその政策を撤回する誘惑に駆られるであろう。方針転換の可能性があるとき、一時的な金融引き締めのインフレ抑制効果は小さくなる。デフレへの対応についても話は同じだ。政策が朝令暮改となってしまわないよう、「ひとたび方針を立てたら、その達成まで政府はタッチしない」ために、中央銀行を独立させるのである。

 その意味で、中央銀行の独立性はコミットメントのための方便にすぎない。経済政策の方針を立てるのは政府でなければならないし、明確な目標設定なしに中央銀行を独立させる意味はない。各党が主張するインフレ目標等を制度化し、中央銀行の独立性をその手段に限定するのは、王道的な議論なのである。

 第二の批判は、これ以上、金融緩和を続けてもデフレ脱却は困難であり、目標設定をしたとして達成はできないというものである。

 しかし、これは信憑性が薄い。経済にはつねに、さまざまなショックが加わっている。インフレショックが生じたときにそれを抑制しないという信認が得られれば、現時点においても大きな脱デフレ圧力となる。永久にデフレが継続するという経済モデルもなくはないが、けっして一般的なものではない。わが国においても2000年代前半には、消費者物価指数ベースでプラスマイナスゼロ寸前にまで到達したことを忘れてはならない。

 インフレ率が1%を超えるまでは長期国債の買い入れ額の増額を続け、2%を超えるまでゼロ金利を継続するとの信用できる宣言を行なう。場合によってはREIT(不動産投資信託)や社債、株式等のリスク資産を買い入れる。政策の手段はいくらでも残されている状態で、極端な懐疑論に陥る必要はない。

痛みの緩和のために麻酔が必要

 第三の批判は、金融政策だけでは日本経済の問題は解決できないとの指摘である。この点に筆者は全面的に同意である。むしろ、これがどのような意味で「さらなる金融緩和が必要だ」との議論への批判なのか理解できない。

 経済政策は成長政策、安定化政策、再分配政策に大別される。金融政策はこのうちの安定化政策のツールにすぎない。

 成長のための規制緩和は一部への痛みを伴う。その痛みを緩和するためには好景気という麻酔が必要である。そして、貧困問題への対応には予算が必要である。厳しい財政状況をインフレによる自然増収によって少しでも好転させないと、その実現は難しい。必要な、そして根本的な経済政策への準備として、脱デフレが必要とされているのである。

 与党民主党、そしてみんなの党のみならず、前回の参院選では自民党、公明党も類似の提言をマニフェストに掲げてきた。その意味で、金融政策改革は論争の段階から実行・実現のフェーズに移ったといってよい。しかし、日本経済がデフレに突入したのは1997年。はや13年もの月日が流れた。あまりの対応の遅さにはあきれ返るばかりだ。金融政策は、他の多くの国が安定化政策の主要ツールとしていることからもわかるように、政治的な摩擦関連が少なく、比較的実現が容易な政策手法である。

 適切な金融政策だけではなく、日本には財政再建や規制改革など、はるかに政治的実現のハードルが高い政策が要されている。金融政策についてさえ機動的な意思決定ができない状態で、本当に日本経済再生のための一連の政策を実現していけるのだろうか。不安であるというよりも、恐ろしくてならない。

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