
生きていくうえで人間関係はどうしてもついてくるもの。でも、気を遣いすぎて疲れてしまったり振り回されたり、ときには自身が相手を傷つけてしまったりと、なかなか難しいことも多いでしょう。女性詩人のラビンさんも、人との関係に傷つき、疲弊しながらも、大切な人との良い関係を築くことを日々模索しているといいます。周りの人との関係構築をするなかで自身と向き合い、気づいたこととは?
※本稿は『死にたいんじゃなくて、こんなふうに生きたくないだけ』(&books/辰巳出版)を一部抜粋・編集したものです。
関係の始まり
人生におけるすべての人間関係は、 あらゆる違いを尊重し、認めること。
無駄ではなかった父のことば
「自慢ばかりする人には近寄るな」
「ひけらかすのは自信がない証拠」
「『実るほど頭こうべを垂れる稲穂かな』ということばのように、 謙虚であれ。でも、謙遜しすぎると傲慢に見えることも あるから、ほどほどに」
「他人の悪口を言う人から離れなさい。その人は、きみのことも裏でもっとひどいことばでけなすはずだから」
「善良に生きなさい。 善も悪もすべて自分に返ってくる」
かつては余計なお世話だと思っていたけれど、いまでは理解できる年齢になってしまったことばたち。
親しい人であればあるほど
親しい人であればあるほど、相手が嫌がることをしないように気をつける。良い記憶よりも悪い記憶のほうが長く残るものだから。
親しい人であればあるほど、関係を丁寧に磨くように気を払う。雑にあつかうと、サビついてしまうから。親しい人がそんなふうにしてくれたなら、自分もそんな人になろうと気を配る。
愛は、一緒に努力してこそ育つのだから。
それ以上たずねないこと
この頃、新しい人に出会うたびに一番望んでいるのは、 「それ以上たずねないこと」だ。 いろいろな話をするなかで、 わたしが少しでも話しにくかったり、 不愉快な気持ちになったりするとき。 それ以上たずねずに沈黙するのは、 わたしを待ってくれるという意味だから。
たくさん質問されるなかで、どう答えればいいのか、正直に話せばいいのか、言い返せばいいのか。噓が苦手なわたしは、ことばを選ぶのに時間がかかる。
だからなのか、新しい関係を築くのが好きだったはずのわたしは、いまでは、慣れた人の懐のなかから垣根の外を眺めるだけ。仮面をかぶることも捨てることもできずに、 どうしたらいいのかわからないまま。
だからわたしは、相手にもそれ以上たずねない。気づいていても、全部知っていても、わたしが投げかける「なぜ」という問いに 相手が傷つかないように。 自ら話してくれるまで、ずっとそっとそばにいる。
「それ以上たずねないこと」 それは、わたしにとって思いやりであり、抱擁であり、愛だから。