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生き方

足るを知る...豊かな心を育むため、禅僧がすすめる「朝の習慣」

枡野俊明(曹洞宗徳雄山建功寺住職)

2025年05月08日 公開

足るを知る...豊かな心を育むため、禅僧がすすめる「朝の習慣」

一日の始まりである「朝」を充実させることは、幸運を手にすることにつながる。曹洞宗徳雄山建功寺住職の枡野俊明さんは、著書『幸運は、必ず朝に訪れる。』の中で、朝の習慣がいかに大切かを教えてくれます。

同書の中で枡野さんは、人間を悩ませる"欲"や"執着"には、朝向き合うことが重要であると話します。それは一体なぜでしょうか?

※本稿は、枡野俊明著『幸運は、必ず朝に訪れる。』(PHP文庫)の内容を一部抜粋・編集したものです

 

朝の充実感は、人生の充実感に直結する

人の価値観はそれぞれ違っていますから、「幸せ」ということについても、個人差があるものだと思います。

経済的に裕福であることに幸せを感じる人もいるでしょう。家族との温かいつながりに幸せを見出す人もいるはずです。

また、仕事で成果を上げることが幸せと感じる人がいてもなんの不思議もありません。

しかし、究極の幸せは、人生の最晩年、彼岸へ旅立つ際に、「できる限りのことはやってきた。本当に充実したいい人生だった」という思いが持てることではないでしょうか。私はそう思っています。

充実感はなににもまして心を豊かにしてくれますし、幸福感で満たしてもくれます。

では、人生を充実させるにはどうすればいいのでしょう。曹洞宗の開祖である道元禅師にこんな言葉があります。

「大海も一滴一滴が集まってできているのであるから、ほんのわずかのことでも他人にまかせてはならないし、(中略)大山はひとつまみほどの土が積もり積もって成ったものに外ならないのであるから、高い山のひとつまみの土ほどの小さなことでも、自分で積み重ねなければいけないのではないか」

『典座教訓』という書物に出てくる一節ですが、典座とは食事関係を司る禅僧のこと。その典座の心得として、道元禅師はこのくだりを書かれたのです。

大海ももとは一滴の水、大山もはじめはひとつまみの土から始まっていて、それが集まり、積み重なることで、雄大な姿になっている。小さなことを怠ることなく、丁寧に取り扱っていくことこそ、大切なことなのである、というのが禅師のおっしゃりたかったことなのでしょう。

さあ、人生を充実させるヒントが見つかった気がしませんか。

人生という長い年月も、もとは一日なのです。その一日一日が積み重なって、あるいは、連なってそれぞれの人生が紡がれていく。人生を充実させるためには、一滴の水、ひとつまみの土である「一日」を大切にすることが必要なのです。

一日の充実なくして、人生の充実なし、です。一日を充実感に包まれながら終える。

そこで肝心なのはスタートである朝です。長距離レース、たとえばマラソンでは、ある程度の距離まで力を温存して、ラストスパートで勝負に出るというレースプラン、いわば"かけ引き"が功を奏することもありますが、同じ長距離レースでも、「生きる」ということにかけ引きは通用しません。

朝をちゃらんぽらんに過ごし、午後から一所懸命ことにあたったとして、その一日が充実したものになるでしょうか。

過ぎ去ってしまった時間を取り戻すこと、やり直すことはできません。その後、いくら頑張っても、"ちゃらんぽらんな朝"の埋め合わせなどできないのです。

一日の充実感は朝にかかっています。充実感ということをキーワードにして、朝の過ごし方を思い描いてください。そして、実践しましょう。

それは、必ず人生の充実感に繋がっていきます。

 

心の汚れを落とすには、夜より朝がいい

人はもともと、一点の曇りもない美しい心を持っています。それをいっているのが仏教の次の言葉です。

「一切衆生悉有仏性(いっさいしゅじょうことごとくぶっしょうあり)」

生あるものはすべて仏性を持っている、すなわち、仏になる可能性を有している、いま一歩進んで解釈すると、生あるものはすべて仏性そのものだ。そういう意味ですが、仏性と美しい心は、ほとんど同じと思ってよいでしょう。

しかし、生きていれば、いやでも心には曇りが生じてきますし、塵や埃もついてきます。一般に煩悩といわれるもの、欲や執着、妄想などがそれです。

煩悩は何層にも積もって美しい心を覆ってしまいます。私はその状態を「心のメタボリックシンドローム」と呼んでいますが、現代人の「心のメタボ」はかなり深刻な状態まで進んでいるのではないでしょうか。

しかも、時代はさらに煩悩を刺激する状況にあります。テレビやインターネットなどのメディアが発信する情報には、現代人は執着や欲をかき立てずにはいられないことでしょう。

「こんな便利な商品があります!」
「このブランドはあなたに必須のアイテム!」
「もっとお金が稼げるノウハウの決定版がこれ!」

つまり、みなさんの心は、四六時中"もっと欲しい" "これを持ちたい" "こうなりたい"という煩悩にさらされ続けているのです。いたるところ誘惑だらけ。それが現代という時代の特徴だといっても、けっして過言ではないでしょう。

そんな中で一日を過ごして迎える夜は、執着や欲が心に渦巻いていると思います。

「昼間見たあのブランドのバッグ。欲しいなぁ。明日買ってしまおうかな」
「ネットでチラッと見た便利グッズ、絶対役に立つと思う。うん、買うことに決めよう」

みなさんにもそんな思いに"悶々"とした経験があるのではありませんか。

そして、翌日、前夜の"決意"のままにバッグや便利グッズを手に入れたら、ことはそれで済むでしょうか。そうはいかないと思います。

執着や欲には際限がありません。ひとつ手に入れたら、もっと欲しくなる。欲がひとつ満たされたら、次なる欲が生まれるのです。そして心のメタボ状態はますます深刻になります。朝が重要です。リセットされた朝にもう一度、欲や執着と向き合ってみるのです。

「便利グッズがなくても、困るということはないんじゃない?」
「あのブランドバッグは本当にいまの私に必要なのかしら?」

答えはすぐに出ないかもしれません。ですから、三日間はそれを続けるのです。その結果、「どうしても必要」「なくては困る」ということなら、買えばいいのです。

しかし、たいていの場合、「必要とはいえない」「なくても困らない」という答えに行き着くはずです。ただでさえ、現代人はものや思いを持ちすぎているからです。

朝、執着や欲と向き合うことは、それらを捨てるもっとも有効な方法です。仏教にこんな言葉があるのをご存知ですか。

「知足(ちそく)」

文字どおり、「足る」を「知る」ということです。

「いまのままでありがたい」「これでもう十分」という心で生きるのが、まさしく知足の生き方です。お釈迦様は知足について、次のような意味のことをおっしゃっています。

「足ることを知る人は、不平不満がなく、いつも心豊かでいられる」

禅が目指すのも、足ることを知る生き方、持ちすぎないシンプルな生活です。そこに一歩近づくごとに、心は豊かになるのです。歩を進めるカギは、朝にあります。そのことをしっかり肝に銘じましょう。

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