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「飲食店の成功の鍵は立地」ではない 地域性で人気を獲得する地方の一流料理店

見冨右衛門(クリエイティブディレクター)

2025年06月09日 公開

「飲食店の成功の鍵は立地」ではない 地域性で人気を獲得する地方の一流料理店

※写真はイメージです

「成功している飲食店」には、飲食業にとどまらない「ビジネスのヒント」がぎっしり詰まっています。これまで実に1万1000軒以上のお店を食べ歩き、ZOZOTOWN創業者の前澤友作さんの「食のブレーン」も務める見冨右衛門さんによる書籍『一流飲食店のすごい戦略』より、「ペシコ(pesceco)」(フランス料理・長崎)、「ヴィラ・アイーダ(villa aida)」(イタリア料理・和歌山)を紹介します。

※本稿は見冨右衛門著『一流飲食店のすごい戦略 1万1000軒以上食べ歩いた僕が見つけた、また行きたくなるお店の秘密』(クロスメディア・パブリッシング)より一部を抜粋編集したものです。

 

地域ごとの特性「テロワール」はお客様を惹き付ける最高のスパイス

「飲食店の成功の鍵は立地」という飲食業の常識の裏側には、「都心部からアクセスが悪い地域は不利」というまた別の常識があります。でも、一見好立地である「一等地の商業施設」に出店したからといって、流行るとは限りません。なぜか? 商業施設では店の「ストーリー」をプレゼンするのが難しいからです。

わかりやすいように、1つ極端な例を挙げましょう。想像上の店として聞いてください。

ある大手のデベロッパーが手がける一等地の商業施設に、京料理店が出店することになりました。京都らしい雰囲気を醸し出すために、内壁は土壁にし、客席の一角には枯山水を設けるなど、趣向を凝らしています。

でも、そのお店に辿り着くまでには、繁華街を歩き、商業施設のピカピカのエントランスやショップ街を通り抜けて、場合によってはエレベーターで高層まで昇らなくてはいけません。そこで急に京都にいる気分に切り替えられるかというと......いくら店の外観や内装が京風でも、それほど人の心理は器用ではないはずです。

裏を返せば、不利と思われがちな「地方」を、むしろ強みにすることもできる。なぜかというと、地方には、都心では得づらいものが備わっているからです。

それは「テロワール」、つまり地域ごとの特性です。

「この土地ならではの食材」「この土地に根ざした食文化ならではの調理法」......ストーリーをわざわざ練り上げずとも、こういう「もとから存在する、ありのままの地域性」が、日本中のお客様を(場合によっては海外のお客様も)惹き付ける最強のストーリーになりうるのです。

実際、ここ数年で私がもっとも心惹かれているのも、地方にある店の「ローカル・ガストロノミー」です。これは「地産地消」からさらに一歩進み、その地域で生産された食材を使うだけでなく、その土地の風土や歴史や文化を料理として表現する試みのこと。

テロワールを売りにする場合、お客様に対する情報設計は、それほど大変ではありません。「この土地でつくられたものだけ」「うちの畑でつくったものだけ」とプレゼンすれば、それだけで一定の評価は得られるからです。

ただし、料理の内容を伴わせ、人気店へと成長するには相応の努力と技術が必要であるのも事実でしょう。全国からいい食材を取り寄せたほうが、いわゆる「美味しい料理」はつくりやすいに違いありません。それを「この土地だけ」「うちの畑だけ」とするのは、アピールポイントであると同時に制約でもあるわけです。

このハードルを乗り越え、制約から生まれる個性を価値につなげることができれば、テロワール、ローカル・ガストロノミーというストーリーを持って正真正銘の人気店になっていけるでしょう。

その文脈で紹介したいのが、「ペシコ(pesceco)」(フランス料理・長崎)、「ヴィラ・アイーダ(villa aida)」(イタリア料理・和歌山)です。

 

ペシコ 「里浜料理」で島原のテロワールを表現

その土地でつくられた食材、さらには風土や歴史や文化そのものがストーリーですが、「そのストーリーにふさわしい語り部」かどうかという点で「説得力」があると、なおよしです。

ペシコの店主・井上稔浩さんは、長崎県島原市で生まれ、両親が営む鮮魚店で育ったという人物。まずこの点で、文句なしに「有資格者」といえるでしょう。よく山間部の地域の料理を「里山料理」と呼びますが、井上さんが謳っているのは「里浜料理」。里の浜、つまり故郷・島原で水揚げされた海産物を主に使い、島原の食文化に根ざした料理です。

たとえば、私が訪ねたときの1品目は、「浜辺の散歩」と題した一皿。片口いわしの塩辛をさつまいもに載せて食べる島原の郷土料理が、砂浜を模したあしらいで供されました。

料理の下には本物の砂浜の砂が敷かれており、井上さんが幼いころから見ていた砂浜に連れて行ってもらったかのような気分に浸れます。

この象徴的な一品に始まり、すべて地元で獲れたウニ、カキ、オコゼ、タコ、ワタリガニ、アワビと海鮮中心の料理が続きます。

そして最後には、その日にいただいたすべての海鮮でとった出汁にサフランを重ね、さらに天然のアナゴを加えた鍋。ここに至り、まさに島原という地域性を丸ごと味わわせてもらったという至福感に満たされるのです。

その土地に生まれ育った人が、その土地で生産された食材を使って、その土地の文化に根ざした料理をつくる。このように1つも無理がなく、すべてが自然に調和していることほど、贅沢な食体験はないといっても言い過ぎではないでしょう。

「これぞローカル・ガストロノミー」―訪れる人にそう実感させる価値が、東京から飛行機で長崎空港へ、さらに車で約1時間半というアクセスの悪さにもかかわらず、ペシコを予約困難店にしているのです。

 

ヴィラ・アイーダ 店主の畑直送の野菜で「土地」を味わわせる

ヴィラ・アイーダは野菜料理のレストランです。それだけ聞くとよくあるように思えるかもしれませんが、野菜へのこだわりが飛び抜けている。レストランの隣にある畑で、シェフ自ら年間約300種もの野菜を育てているのです。

コースには魚料理や肉料理も含まれますが、付け合わせはもちろんソースにも野菜がふんだんに使われており、どこまで行っても主役は野菜。そして、すべての料理の野菜が「そう調理されるべくして調理された」という必然性を帯びており、抜群に美味しいのです。

そんな料理を一口でも味わえば、シェフが自分で畑をやっているのも納得です。地元産の野菜を購入するのではなく、自分が料理で表現したいことを実現するために、使う食材から自分で育てているというわけです。

ヴィラ・アイーダに行ったとき、本当に豊かな食とは何だろうと考えてしまいました。それはきっと、世界各地の高級食材をふんだんに使った料理を食べることとは限らないのでしょう。その土地に、その食材に、その料理に、どんなストーリーが込められているかに思いを馳せる。これこそ豊かな食行動なのではないか。

そんな気持ちにさせてくれる店だからこそ、地方という立地が難点どころか魅力となり、多くの人を惹き付けているのです。

 

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