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ローソン・新浪剛史の「告白」―“権限委譲経営”の原点とは

財部誠一(経済ジャーナリスト)

2013年02月21日 公開 2022年10月27日 更新

三菱商事ですら特別扱いしない

「加盟店と向き合おうにも、私は加盟店のことを何も知らなかった。セミナーで加盟店のオーナーさんに直接会うことが唯一の選択肢だと思いました。それがすべての始まりです」

それまでローソンでは加盟店を集めて本社スタッフが商品説明のためのセミナーを開いてきたが、社長が出席して加盟店オーナーと直接向き合うことなど、とんでもないことだと、社内では認識されてきた。それはローソンに限らず、他のコンビニでも似たような状況だ。コンビニのトップが加盟店オーナーと直接向き合うことなどありえないことだった。

2002年秋、全国のオーナー・店長とパート・アルバイトを招いてのセミナーが行なわれた。全国8会場で延べ14日間、1日4回オーナーと直接対話に臨んだ。新浪は、このセミナーこそオーナーに振り向いてもらう最初で最後のチャンスだったと振り返る。

「1回の対話で私は1時間話した。それを1日4回やるとそれだけで疲労困憊になる。それを続けたことで、加盟店オーナーが私に最低限の信任を与えてくれたのだと思います。本来つぶれるべきローソンがつぶれずにこられたのは、この14日間があったからです」

その一方で新浪は、顧客も加盟店も顧みず、親会社への気遣いに明け暮れたローソン社内に沈殿した汚泥を浚渫することに没頭した。

「ひどいありさまでした。ダイエー出身者のオーナーには立地のよい店舗をあげるといった不公平が、平然とまかり通っていたばかりか、商品・物流本部の担当者と取引先との癒着もあった。清掃関連から物流センターまで、癒着業者を一気に切り捨てた。もちろん、そこに関わってきた商品・物流本部のすべての部長を更迭し、早期退職制度を用意し、退職させました」

新社長就任の日に起こった加盟店オーナーの抗議は、新狼の形相を鬼に変えた。現場の事情に目を向けることなく、本社機構のなかで業者と癒着し、親戚知人を特別扱いした店舗運営を平然とやってきたダイエー傘下のローソン。その泥をかき出し、吐き出すことに新浪は全力を傾注した。そんな姿を新浪はけっして外部には見せなかった。

「社長になってから最初の3年はほんとうに苦しかった。ひどいありさまだと本音を漏らしたら、すぐに株価が落ちたでしょう。だから初めの3年、必死になって虚勢を張ってきました」

たしかに外向けの新浪の顔はつねに明るく積極果敢で通されたが、舞台裏の社長業は壮絶を極めた。新浪と政治の話をすると「改革」がいかに困難であるか、またそれを実現しようとしている特定の政治家へのリスペクトがきわめて強いことに驚かされる。そのわけは、ローソン社内の既得権益に切り込むだけでも家族の生命が危険にさらされた経験に由来している。

「商品・物流本部と癒着していた取引先に出入り禁止を申し渡した途端に、脅迫状が何通も自宅に送られてきた。自分や家族の生命の危険を感じ、誰にも知らせず自宅を3回も転居せざるをえないほどでした」

癒着業者を追い出すと同時に、本社商品・物流本部の部長を追い出し、新浪は自ら商品・物流本部長を兼任した。だが、クビを切られた部長たちの後任はどうしたのか。

「若手の登用もありえましたが、彼らは誤ったモデルを学んでいるから限界がある。足りないところは外からプロフェッショナルを連れてきたんです」

驚くべきことに、新浪は筆頭株主であり、自らの出身母体である三菱商事を特別扱いしなかったという。

「三菱商事の課長クラスは、ローソンが三菱商事からモノを買うのは当たり前だと思っていました。でも、ローソン社内の浚渫をして正常化をするなかで、三菱商事だけ特別扱いするわけにはいかない」

加盟店を不幸にしないでくれという遺族との約束を新浪は忠実に、そしで劇的に果たしていったが、いくらなんでも三菱商事を袖にすることは簡単にできることではない。

それを可能にした背景には、当時、三菱商事の社長を務めていた佐々木幹夫と副社長・小島順彦の2人の後押しがあった。

佐々木幹夫は新浪を送り出す際に、ありがたい餞別をくれた。

「同じ価格で同じ品質だったら、三菱商事から買う必要などない。メリットがあるなら商事から買えばいいが、それ以外なら買う必要はいっさいない。つねにローソンの企業価値向上に努めてくれ。何か問題があったら、いつでも俺たちに言ってこい」

これが、ほんとうにありがたかったと新浪は振り返る。既得権益のエゴを無理強いするなら三菱商事も排除の例外にはするな、と背中を押してくれた佐々木と小島の2人がいなかったら、いまのローソンはなかったかもしれない。

もちろん三菱商事にとっても、ローソンへの出資は投資規模として過去最大のもので、日々の商売でローソン本体の経営が危うくなるようでは本末転倒、との意識もあったに違いない。

 

財部誠一

(たからべ・せいいち)

経済ジャーナリスト

1956年、東京生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、野村證券に入社。同社退社後、出版社勤務を経て、経済ジャーナリスト。1995年、経済政策シンクタンク「ハーベイロード・ジャパン」設立。金融、経済誌に多く寄稿するとともに、テレビ朝日『報道ステーション』、BS日テレ『財部ビジネス研究所』などテレビやラジオでも広く活躍中。また「ハーベイロード・ジャパン」にて、「財政均衡法」など各種の政策提言を行っている。
主な著書に、『メイド・イン・ジャパン消滅!』(朝日新聞出版)『中国ゴールドラッシュを狙え』(新潮社)『アジアビジネスで成功する25の視点』『日本経済 起死回生のストーリー(共著)』(以上、PHPビジネス新書)『農業が日本を救う』『パナソニックはサムスンに勝てるか』(以上、PHP研究所)など。
HP: http://www.takarabe-hrj.co.jp/

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