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伊藤元重・“日本の課題”を経済学で読み解く

2013年04月04日 公開

伊藤元重(東京大学大学院教授、総合研究開発機構〔NIRA〕理事長)

《PHPビジネス新書『経済学で読み解くこれからの日本と世界』より》

 

消費増税こそ地方経済の救世主

 ある人から指摘されたことだが、地方の新聞には一般的に消費増税反対の論調が多いそうだ。長引くデフレの中で厳しい状況が続く日本経済だが、地方経済の疲弊は特に著しい。ただでさえ生活が大変なのに、これ以上の増税はとんでもない。そう考える人が地方には多いのだろう。地方新聞もそうした地域の意見を反映していると思われる。

 そういえば、TPPへの参加についても、地方に反対の意見が多かった。全国の多くの都道府県でTPPへの反対声明が出された。多くの都道府県が広大な農村地域を抱えているためである。

 大都市に住んでいると、消費税を引き上げるのはやむをえないし、TPPへの参加は当然であると考えがちだが、地方ではそうではないようだ。

 政府が社会保障と税の一体改革を進める中で、医療や年金などの社会保障の問題が世代間の意見の違いを顕著にさせ、税負担や市場開放などの政策が都市と地方との意見の乖離を生むようだと、社会も政治も不安定になってしまう。これは決して好ましいことではない。

 皮肉なことに、地方に反対の意見が多いと考えられる消費税率引き上げもTPP参加も、それを進めていかないと、その悪影響は特に地方経済に及ぶことになる。TPPへの参加が進まなければ、日本企業の海外展開を加速させることになる。日本で生産して輸出することが、ますます不利になるからだ。このような海外展開の加速は、地域の雇用や経済を支えている工場の閉鎖という結果につながるのだ。

 消費税の問題も同様だろう。消費税の引き上げのタイミングを遅らせると、国債市場に大きな影響が及ぶ可能性が出てくる。それで金利が上がったり、あるいは国の財政運営が困難になったりすれば、その影響は地方経済に、より強く及ぶことになるだろう。

 金融機関の中でも、預貸率が低くより多くの国債を購入せざるをえないのは、地方の金融機関に多い。この20年の経済低迷が地方経済に特に厳しかったことからもわかるように、経済が混乱するようだとその影響は地方に特に強く及ぶ。

 また、大都市よりも地方経済の方が国の財政への依存度が大きいことからも、財政の混乱の影響は地方により大きく及ぶことになると思われる。

 もし地方の新聞の多くが消費税引き上げに慎重な立場だとしたら、ここに書いたような論調は地方の人に届きにくいことになる。

 そうではないことを願っているが、少なくともTPPの論議が盛り上がったときには、たしかに全国紙の多くで展開された経済開放に積極的な論調は、地方には届きにくかったようだ。同じようなことが消費税論議で起きているのではないかと危惧している。

 今、消費税率を上げて財政健全化への第一歩を示すこと、そして、TPPのような国際的な経済連携に積極的に参加することで国内経済を活性化させること、これはすべての国民にとって重要なことである。特に地方経済をこれ以上低迷させないためにも、絶対に必要なことであるのだが。

【伊藤元重の視点】
大都市より地方の方が消費増税への反対論が強いが、国への経済的依存度が高い地方こそ、消費増税の恩恵を受ける。

 

放置できない世代間の不公平

 消費税の引き上げ、年金や医療など社会保障の公的負担増加、膨れ上がる政府の借金。こうした問題が論議されるとき、どうしても当面の財政運営の健全化だけに議論が集中する。日本の財政はそれだけ追い詰められているのだから、仕方がない面はある。

 しかし、日本の財政には、もう1つ深刻な問題があることを忘れてはいけない。それは世代間の不公平が耐えられない状況にまでなっていることだ。

 経済学の手法で世代会計という考え方がある。一生の間に負担する税や社会保障費と、一生の間にもらえることが期待される年金などの受給額を、世代ごとに比べたものである。経済学の手法などと言わなくても、たいていの人にはわかるはずだ。現在の高齢者世代は、これまで生涯で負担してきた税金や社会保障費に比べれば潤沢な年金の給付を受けることができる。しかし、若い世代になるほど、給付に比べて負担の割合が増えていく。特に悲惨なのは、これから生まれてくる世代だ。生涯、重い税金と社会保障費を負担することになる。

 政府が積み上げている借金は、すべて将来世代の税金負担になる。これだけでも将来世代の負担は膨大な額になる。多くの人はこのことに気づいているが、誰もあまり大きな声をあげない。

 こうした状況を放置しておいたら、日本はどんな国になってしまうのだろうか。今の若い人たちや、これから生まれてくる世代に負担を押し付けるだけですむなら、正義と公正という点では問題であるとしても、若い世代は運が悪いということですまされるかもしれない。あるいは、今の高齢者は戦争と戦後の厳しい時代を過ごし、日本の復興を支えてきたのだから、年金などの給付に比べて税金の負担が少ないのは当然だ、という見方もあるかもしれない。

 しかし、問題はもっと深刻だ。将来世代の人たちは、はたして従順に今の財政制度や年金制度に従うかどうか。国民年金の保険料を未納する若者が増えている。「どうせ将来まともな年金はもらえないだろうから、保険料未納でもよいではないか」、そう考えている若者が増えているとしたら、それは大問題である。

 現役世代での未納が増えている年金に未来はない。だから未納が出ないように、国民年金の負担はすべて消費税収入に委ねるという案が論議されている。検討に値する案だと思う。

 ただ、問題は国民年金だけではない。医療や介護はもちろんのこと、政府の財政運営全体が将来世代に著しく不利になっている。この状況を放置しておけば、将来のどこかの時点で、「こんな不公平な税金や社会保障費は払えない」という若者の反乱が起きてもおかしくない。そんなことになったら、社会の基盤が崩れてしまう。

 今、スペインやギリシャの街でデモをしている人は、なんと叫んでいるのか。「こんな愚かな財政運営をしてきた国のつけを、なぜ我々労働者が払わなくてはいけないのか」、こう叫んでいるのだ。将来、日本の若者が同じように叫んで国家財政が混乱に陥ることがないよう、今から世代間の不公平の是正に取り組む必要がある。

【伊藤元重の視点】
国の借金は、すべてこれから生まれてくる世代の税金負担となる。世代間の不公平を是正しなければならない。

 

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