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「なんとなくつらい」は気のせいじゃない 医師が説く、4月に心が折れやすい理由

野上徳子(医師/心理カウンセラー)

2026年04月16日 公開

「なんとなくつらい」は気のせいじゃない 医師が説く、4月に心が折れやすい理由

もし今、なんとなく眠れない夜が続いているなら、それは性格や気の持ちようのせいではないかもしれません。4月は、日本では新しい生活が始まる季節です。入学、入社、異動、転勤、引っ越しなど、多くの人にとって生活環境が大きく変化します。街には新しいスーツを着た新社会人や新しい制服の学生の姿が見られ、社会全体が新しいスタートの空気に包まれます。

しかしその一方で、この時期には心身の不調を訴える人が増えることが知られています。医療機関でも、春になると「眠れない」「胃腸の調子が悪い」「頭痛やめまいが続く」「食欲がない」「気分が落ち込む」といった症状を訴える人が増える傾向があります。

実際に、年度替わりの時期はメンタル不調の相談や休職が増える傾向があることが報告されています。また、厚生労働省が公表している新規学卒者の離職状況(2023年度)によると、新卒社員の離職は入社後早い時期に集中し、3年以内に約3割が離職しています。新しい環境への適応が、大きな心理的負担になることが示唆されています。

このように4月は、心と身体の両方にストレスがかかりやすい季節なのです。

 

なぜ4月にメンタル不調になる人が増えるのか 

4月に不調が増える背景には、単に忙しいからではありません。人の心と身体を不安定にする要因がいくつも重なっています。まず大きいのが、環境の急激な変化です。

新しい職場、新しい学校、新しい人間関係、新しい役割など、生活環境が一気に変わります。人間の脳は未知の環境に置かれると「危険があるかもしれない」と判断し、身体を緊張モードに切り替えます。このとき自律神経のうち交感神経が優位になり、心拍数の上昇、筋肉の緊張、呼吸の浅さ、胃腸機能の低下といった反応が起こります。つまり新生活は、無意識のうちに身体を常に緊張状態にしてしまうのです。

次に、日本社会に特徴的な心理的要因があります。新しい環境では「最初が肝心」「迷惑をかけてはいけない」「しっかりやらなければ」「期待に応えなければ」と考えがちです。その結果、弱音を吐かない、無理をする、休まないという状態になりやすくなります。最初は踏ん張れても、その頑張りが続くと心身は次第にエネルギーを失っていきます。

これが、4〜5月にかけて体調や気力が急に落ちる「5月病」と呼ばれる状態につながります。5月病は病名ではありませんが、新しい環境に適応しようとした心身が限界を迎えるサインとも言えます。

さらに、春は自律神経が乱れやすい季節でもあります。寒暖差、気圧変動、花粉、日照時間の変化など、身体に影響する要因が多く、疲労感、だるさ、頭痛、めまいといった症状が起こりやすくなります。このように春は、心理的ストレスと身体的ストレスが同時に重なる時期なのです。

また、この時期の不調は単なる気分の問題ではなく、実際の疾患として現れる場合もあります。代表的なものとして、適応障害、うつ状態、自律神経失調症、過敏性腸症候群、緊張型頭痛などがあります。

さらに、不調の起こりやすさには心理的な傾向も関係すると考えられています。例えば「完璧にやらなければならない」「人に迷惑をかけてはいけない」「期待に応えなければならない」といった思考パターンが強い場合、自分を追い込みやすくなり、ストレスを溜め込みやすくなる傾向があります。環境の変化だけでなく、その環境への向き合い方も心身の状態に影響すると考えられています。

 

メンタルを保つためにやってはいけないNG行動3選 

新生活でメンタルを崩す人には、共通する行動パターンがあります。

一つ目は、最初から100%で走ることです。 新生活は短距離走ではなく長距離マラソンです。最初から全力で走れば、1か月後には息切れしてしまいます。6割くらいの力で始めるくらいがちょうどよいのです。

二つ目は、弱音を吐かないことです。 「弱音を吐くのはよくない」と思われがちですが、感情を言葉にすることはストレスの解放になります。話すことで感情が整理され、脳の緊張が緩み、自律神経も安定しやすくなります。つらさを抱え込むほど、心身への負担は大きくなります。信頼できる人に話すことや相談することは、ストレスの調整に役立ちます。

三つ目は、睡眠を削ることです。 新生活では残業や歓迎会、生活リズムの変化などで睡眠が削られがちです。しかし睡眠は、脳と心を回復させる時間です。睡眠不足が続くと、不安感、イライラ、集中力低下が起こりやすくなり、メンタル不調を悪化させます。また、メンタルの安定に関係する神経伝達物質であるセロトニンの働きにも睡眠が関与しているとされています。

ここで一度、自分の状態を振り返ってみてください。朝起きるのがつらい、休日でも疲れが取れない、仕事や学校に行くことを考えると気分が重い、人に会うのが面倒、集中力が続かない、イライラしやすい、食欲が落ちた、眠れない、頭痛や胃腸の不調が続いている。こうした状態が複数続いている場合は、ストレスが溜まっているサインかもしれません。

大切なのは、「まだ頑張れる」と無理を続けることではなく、早めに自分の不調に気づくことです。

 

日本企業に根付く「過緊張構造」 

個人の努力だけでなく、働く環境の構造もメンタル不調と深く関係しています。

日本の企業文化には、「失敗してはいけない」「迷惑をかけてはいけない」「空気を読まなければいけない」といった無言の圧力があります。こうした文化は、人を常に緊張状態に置きます。慢性的な緊張状態は、自律神経の乱れ、不安、抑うつなどにつながりやすくなります。特に4月は、新入社員や異動したばかりの人が、この過緊張の中に一気に入る時期です。

本人は「自分が弱いからつらい」と思いがちですが、実際には社会や組織の側にも、人を緊張させやすい構造があるのです。「つらいのは自分だけ」ではなく「この環境が人を追い詰めやすい」と知っておくだけでも、心の負担は少し軽くなります。だからこそ、日常の中でこまめに自分を整えるセルフケアが大切になってきます。

 

日常生活でできる春のセルフケア 

では、この時期をどう乗り切ればよいのでしょうか。医師としておすすめしたいのは、特別なことではなく、日常の中でできるシンプルなセルフケアです。

まず大切なのは、朝日を浴びることです。 朝の光を浴びることで、体内時計が整い、セロトニンの分泌が促されることが知られています。これは睡眠リズムや気分の安定にも関係しています。

次に、軽い運動です。 ウォーキングなどの軽い運動は、ストレスホルモンを下げ、自律神経を整え、気分を安定させる助けになります。1日15分程度でも十分です。

そして、深呼吸。 ストレス状態では呼吸が浅くなる傾向がありますが、ゆっくりとした深い呼吸は副交感神経を働かせ、身体をリラックスさせる効果があります。

さらに大切なのが、頑張りすぎないと決めることです。 完璧を目指しすぎないこと。自分を責めすぎないこと。できない自分も認めること。こうした心の余白が、心と身体の健康を守ります。

多くの病気は突然始まるわけではありません。身体は必ず、その前に小さなサインを出しています。眠れない、疲れが取れない、食欲が落ちる、気分が落ち込む、頭痛や胃腸の不調が続く。こうした症状は、身体からの大切なメッセージです。

4月は、新しい環境に適応しようとして、多くの人が無意識のうちに頑張りすぎてしまう季節です。けれど大切なのは、頑張ることだけではありません。頑張りすぎないことも、同じくらい大切です。

もし今、「なんとなくつらい」と感じているなら、それは身体が出しているサインかもしれません。少し立ち止まり、自分の心と身体の状態を見つめてみてください。自分を大切にすることが、結果として健康を守り、長く元気に働き続けることにつながるのです。

プロフィール

野上徳子(のがみ・とくこ)

医師/心理カウンセラー

久留米大学医学部卒業後、岡山大学第一内科に入局し、複数の病院勤務を経て現在は松山市内の病院で内科診療に携わる。
神経学・生理学の視点から「心と身体のつながり」を探究し、産業医・オンラインカウンセリングなど幅広く活動。医療と意識の関係をテーマにしたオンラインイベントも主催している。臨床経験を踏まえ、心身両面からのアプローチで、日々の健康づくりや生き方の再構築を支援している。

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