会議の席で意見がまとまりかけると、違和感があっても「いいと思います」と答えてしまう――そんな経験はありませんか。なぜ我々は言葉を「飲み込んで」しまうのでしょうか。ディスカッションパートナーとして3000人以上のビジネスパーソンと向き合い、クライアントの「本音」を引き出してきた黒田悠介氏によると、気づかぬうちに本音が「ろ過」されてしまっているのでは......?とのこと。
本記事では、自分でも気づかないうちに本音を取り除いてしまう「3つのフィルター」の正体をひも解き、自分なりの視点を取り戻す方法を探ります。
※本稿は、黒田悠介著『自分の本音を言葉にできる。モヤモヤを「伝わる」に整える、言葉のレッスン』(インプレス)より一部抜粋・編集したものです。
本音を濾過する3つのフィルター
朝のコーヒーを淹れる時、私は豆を挽き、お湯を注ぎ、フィルターを通して一杯のコーヒーを抽出します。コーヒーのフィルターには、すっきりとした味わいになるペーパー、豆の油分まで楽しめるステンレス、まろやかな口当たりになるネルなど、様々な種類があります。どのフィルターを選ぶかで、同じ豆でも驚くほど風味が変わる。素晴らしい道具です。
しかし、もし私たちの心から湧き出る「本音」も、知らないうちに強力なフィルターで濾過されているとしたら、どうでしょうか。そのフィルターがあまりに強力なものだったら、本音の持つ豊かな風味が取り除かれてしまいます。
私がこれまでたくさんの方々と対話を重ねる中で見えてきたのは、現代社会には私たちの本音を濾過する「3つのフィルター」が存在するということです。それは「効率化」「最適化」「同調化」という、一見すると現代を生き抜くために必要不可欠に思える価値観から生まれたフィルターなのです。
【1】効率化フィルター:タイパ至上主義が奪う言葉の熟成
「結論から言うと」「要点は3つです」「1分でわかる」。現代のコミュニケーションは、こうした効率性を求める言葉で溢れています。タイムパフォーマンス、略して「タイパ」という言葉が日常的に使われるようになり、動画は倍速で視聴され、効率よく知識の断片だけを手にいれようとする「ファスト教養」への関心も高まっています。私たちは時間あたりの情報摂取量を最大化することに躍起になっているようです。
確かに、限られた時間の中で多くのことを成し遂げなければならない現代において、効率化は生存戦略として理にかなっています。しかし、この効率化がフィルターとなってはいないでしょうか。
先日、ある方とのディスカッションでこんな話を聞きました。「会議で何か違和感があるんですけど、その違和感をうまく言葉にできないんです。だから結局、黙ってしまった」。
彼の中には確かに何かが芽生えていた。しかし、それはまだ「モヤモヤ」とした感覚の塊で、「結論」や「三つの要点」にまとめられるようなものではありませんでした。短時間の会議でタイパが重視されれば、このようにして本音は押さえ込まれてしまうのです。
本音はワインに似ています。ワインが熟成に時間を必要とするように、本音もまた、じっくりと醸成される時間を必要とするからです。「なんとなく違和感がある」という小さな種が、時間をかけて「ああ、私が本当に言いたかったのはこういうことだったんだ」という明確な形になるまでには、効率を度外視した一見無駄な時間が必要なのです。
しかし、現代社会はこの熟成期間を「非効率」として切り捨ててしまいます。チャットツールではメッセージへの即レスが期待され、会議では発言の順番が回ってきたらすぐに意見を述べなければならない。この圧力の中で、私たちの本音は、まだ形になっていないうちにフィルタリングされ、抽出後のコーヒーかすのように廃棄されてしまうのです。
【2】最適化フィルター:常に最高の自分を演じてしまう疲労
日頃、SNSのプロフィール欄を見ていると、「有名企業でマーケティング」「自由な働き方を実践中」「ポジティブ思考」といった、キラキラした自己紹介が並んでいることに気づきます。リンクトインを開けば、誰もが「情熱的で結果を出すプロフェッショナル」として自己をブランディングしている。私も人のことは言えませんが......。
これが「最適化フィルター」です。私たちは、SNS のアルゴリズムや社会からの期待といった「他者の目」を常に意識し、そこから評価されるであろう姿に自分を合わせようとします。そして、現代社会で評価される「最適」な姿とは、多くの場合「常にポジティブで成功している、最高の自分」なのです。私たちは、その理想像を演じることを求められ、またそれに慣れてしまいました。
ある起業家の女性は、こう打ち明けてくれました。「インスタグラムでは成功している人間として振る舞っているけど、実際は不安でいっぱい。でも、その不安を表に出したら、クライアントからの信頼を失うかもしれない」。不安、迷い、時には後悔といった彼女の本音は、「最適化された自分」というパッケージには収まらないノイズとして、フィルターで除去されてしまうのです。
社会学者のアーヴィング・ゴフマンは、人間の社会的行動を「演技」として捉える「ドラマツルギー」という概念を提唱しました。私たちは皆、社会という舞台で何らかの役を演じている。しかし現代は、その演技があまりにも高度化し、24時間365日続くようになってしまいました。
最適化フィルターは、私たちから「失敗する権利」「弱さを見せる自由」「未完成である勇気」を奪います。常に最高のパフォーマンスを要求されることで、私たちは自分の不完全な部分、つまり最も人間らしい部分を隠すことに慣れてしまうのです。
こうした最適化フィルターは現代社会で戦うための鎧でもあります。それは確かに周囲からの高い評価や承認をもたらすかもしれません。しかし同時に、本当の自分との間に深い断絶を生み出します。鎧が重くなればなるほど、その中にいる生身の自分の声は、外に届きにくくなっていくのです。
【3】同調化フィルター:炎上を恐れて選ぶ事前降伏
「炎上しそう」「空気を読まなきゃ」。私たちの発言を制限する、もう一つの強力なフィルターが「同調化」です。
インターネットの登場により、私たちの発言は瞬時に拡散され、時には予期せぬ批判の嵐に晒される可能性を持つようになりました。いわゆる「炎上」への恐怖は、私たちを過度に慎重にさせ、結果として「最も安全な意見」「誰も傷つけない発言」だけを選ぶようになってしまいました。
これは、意見を持つことを放棄して降伏しているようなものです。自分の意見を表明して議論する前に、すでに白旗を揚げてしまう。ある会社員の方は「会議で本当は違う提案をしたいけど、反対されるのが怖くて、結局みんなに合わせてしまう」と話してくれたことがあります。
社会心理学者のソロモン・アッシュが1950年代に行った有名な実験があります。実験室に集められた8人のグループに、2枚のカードを見せるのです。1枚目には1本の線、2枚目には長さの異なる3本の線が描かれている。課題は簡単で、「1枚目の線と同じ長さの線はどれか」を答えるだけ。答えは誰が見ても明らかであるように設計されています。
ところが、この実験には仕掛けがありました。8人のうち7人は「サクラ」で、わざと間違った答えを言うよう指示されていたのです。本当の被験者はたった1人。その1人が、7人全員が明らかに間違った答えを自信満々に言うのを聞いた後で、自分の答えを言わなければならない。
驚くべきことに、被験者の約3分の1が、自分の目で見た明白な事実を否定し、集団の誤った答えに同調してしまったのです。実験後のインタビューで、彼らの多くは「自分の目がおかしいのかと思った」「みんなと違うことを言うのが怖かった」と語りました。
この70年前の実験室で起きたことが、今、SNS 時代の私たちの日常で、より巧妙な形で再現されているのではないでしょうか。
違いは、現代の「サクラ」が特定の誰かではなく、アルゴリズムによって増幅された「多数派の声」だということです。
X(旧ツイッター)のタイムラインを見れば「正しい意見」が何かがわかり、それに合わせることで炎上リスクを回避できるわけです。しかし、その過程で私たちは「自分は本当はどう思うのか?」という最も基本的な問いを、すっかり忘れてしまう。
同調化フィルターが特に問題なのは、それが創造性やイノベーションの芽も摘んでしまうことです。新しいアイデアは、しばしば「常識外れ」「前例がない」ものから生まれます。しかし、同調化の圧力が強い環境では、そうした異質な意見は最初から口に出されることすらありません。
3つのフィルターを外していく
これら3つのフィルター(効率化、最適化、同調化)は、それぞれ独立して機能しているわけではありません。むしろ、互いに強化し合いながら、私たちの本音を幾重にも濾過していきます。
効率を求められるからじっくり考える時間がなく、最適化された型通りの答えを用意したり、同調したりしてやり過ごしたりしてしまう。このプロセスを経て出てくる言葉は、もはや本音とは呼べません。強力な濾過装置を通したコーヒーのように、豊かな風味の消えた無味無臭で無個性な水のようなものです。
しかし、希望もあります。フィルターの存在を認識すれば、それを意識的に外すこともできるはずです。効率化のフィルターを外して「熟成期間」を取り戻し、最適化のフィルターを外して「不完全な自分」を受け入れ、同調化のフィルターを外して「自分だけの視点」を大切にすることが大事なのです。








