「○○%引き」「今だけ○○円!」セールのときにお得さにつられて、ついつい爆買いをしてしまう。そんな経験をしたことがある方は少なくないはずです。ところが、パリの人々はそうしたセールのときでも価格に振り回されないと、パリ在住の小栗きくこさんはいいます。本稿では、パリの人々が大切にする「お金に対する価値観」を紐解いていきましょう。
※本稿は、小栗きくこ著『パリ時間』(大和出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
働いてお金を稼ぐのは、「自由」を守るため

雨上がりの空にやわらかな虹を見て立ち止まります。
この国で暮らし始めて、私は「お金の話があまり話題に上らない」ということに気づきました。もちろんフランス人も、将来のためにお金を貯めることは大切にしていますが、それは、ただ安心するためというより、「自分が大切にしたい時間を守るため」。私の周りにいるフランス人も、バカンスに家族で旅行へ出かけたり、友人と食事をしたりと、大切にしたい時間にお金を使っています。
つまり、お金とは、好きなことをしたり、家族や友人とゆっくり過ごしたりするためにあるもの。そんな位置づけに近いように感じています。ここでは、「暮らしの中でお金をどう使うか」よりも、「どんな時間を過ごしているか」「その時間のためにお金をどう使うか」といったことが大切にされているように感じます。
そして、働くこともその延長線上にあるようです。大事なのは、忙しさで1日を埋めるより、立ち止まる時間をちゃんと持つこと。何かを我慢して得る未来より、今この瞬間を大切にすること。同じテーブルを囲み、たわいない話をして笑い合うような、家族や友人とゆっくり過ごす時間を優先すること。そんな考え方が、お金の使い方にも自然と表れているように思うのです。
ブラックフライデーは、「お得さ」より「納得」

気に入った物を納得して選びます。
ブラックフライデー(秋の大型セール)の時期になると、パリは一気に賑わいます。ショーウィンドウには大きな割引表示が並び、人の流れも増える中で、「安くなるから、今がチャンス!」という空気もありますが、 実際は、「とにかくお得だから買う」「まとめて買わないと損」という熱気とは少し違います。フランス人は、セールであっても、やはり必要な物だけを選びます。つまり、「自分の中で、買う理由をきちんと説明できる物」だけを選び取っているのです。
私自身も、パリで暮らすうちに、自然と「安くなっている」からではなく、「今の自分の暮らしに必要かどうか」を基準に考えるようになり、ブラックフライデーの時期に何かを買うとしても、前から必要だと思っていた物だけ。割引を理由にいくつものお店を見て回ることはなくなりました。
日本では、年始の福袋のように、中身が見えなくても「安いから」「お得だから」と買う楽しみ方がありますが、パリでは、こうした買い方はあまり一般的ではありません。パリの人たちは、「セールはきっかけになっても、買う決め手にはならない」と考え、うまくお金と付き合っているように感じます。これは、「お得を嫌っている」というよりも、先ほどお話ししたように「なぜこれを選ぶのか」を大切にしているからだと思います。
買い物の基準は、値段の前に「理由」。つまり、「今の自分の暮らしに合っているか」「本当に使うイメージが持てるか」「流行っているからではなく、長く付き合いたいと思えるか」といったことです。
たとえば、私の友人のマリーズさんは、アンティークショップが好きで、週末になるとパートナーと一緒に小さなアンティークショップを巡るのが楽しみのひとつです。セールの時期でも「安いから」という理由では購入しません。部屋の空気に合うか、長く使いたいと思えるかといったことを基準に、古い木の椅子や小さな器などをゆっくり選びます。
「今の暮らしの中で自然に使い続けられるか」ということが、彼女にとっての「自分に合う」という感覚なのだと思います。高価な物を買うときほど、その基準が明確。その背景や質、作り手の姿勢に納得できるかどうかも大切にしているようです。
つまり、「これは私に必要か」という問いに、自分なりの答えを持っているのです。こうした感覚は、お金との付き合い方にも通じていて、パリの人たちは、経験や学びになること、自分の世界を広げたり心を満たしたりすることにお金を使うといった「納得のある選択」をしています。
私がフランスに移り住んだのは20代の頃で、当時は、安さやお得さを意識して、お金はできるだけ減らさないようにと考えていました。けれどここでの暮らしを重ねる中で、お金を見る視点が少しずつ変わり、お金とは、「減らさないために抱え込むもの」というより、「人生の中で、自分と向き合い、その都度選び直すためのもの」だと捉えるようになりました。
安さを楽しむ文化を否定しているわけではありません。ただ、選び方が違うのです。価格よりも、理由。お得さよりも、納得。そんな基準があるからこそ、お金は振り回されるものではなく、暮らしを支える味方として存在するのだと思います。
少し傷がついていても、手入れをしながら使い続ける

でこぼこでも、色あせてても、世界に1つだけの宝物。
パリの人たちは、物を選ぶときに「理由」を大切にしています。そしてそれは、買ったあとにも続いていきます。
パリの人にとって、物は「自分自身を主張するもの」というより、暮らしにそっと寄り添う存在として扱われているように感じます。そのため、新しい物を次々と買い替えるよりも、気に入った物を手入れしながら長く使い、少し傷がついていても、それを「味」として受け入れているのです。
たとえば、縁が少し欠けたお皿も丁寧に使い続けていたり、祖母の代から受け継いだ器を特別な日のためだけでなく日常で使っていたり......。そうして選ばれた物は、手に取るたびに気負うこともなく、雑に扱うわけでもなく、生活のリズムの中に少しずつ溶け込んでいきます。
そこには、「いい物を持つ=豊か」ではなく、「自分の暮らしに合った物と、どう付き合っていくか」という考え方があります。そして、その根底には「背伸びをしない距離感」があると思うのです。この「背伸びをしない」というのは、「今の自分の身の丈を知り、その中で心地よく選ぶ」ということ。物に振り回されず、物を通して自分を大きく見せようともしません。
それは、物だけではなく、建物にも当てはまります。パリの建物の多くは、新しく建て替えるよりも、外観を残し、内装を手入れしながら大切に使われています。有名なオルセー美術館も昔は駅舎でしたし、石造りの建物や古いアパルトマンも、その姿を保ちつつ暮らしに合わせて手入れされています。住む人は入れ替わっても、建物は、風景を守りながら長い時間を受け継いでいくのです。







