福岡県で喫茶店「Sounds Food Sounds Good」を家族と営むはらだまさこさんは、2023年頃、国の指定難病であるALSと診断されました。筋肉を動かすための神経が障害を受け、だんだんと身体が動かなくなっていく病気です。
はらださんには二人のお子さんがいます。著書『もしもキッチンに立てたなら』では、いつの日かお子さんたちに作ってあげたいお弁当など、料理を介した将来への願いが綴られています。
※本稿は、はらだまさこ著『もしもキッチンに立てたなら』(徳間書店)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
息子に作りたいお弁当
わたしの病気が良くなって、この手でもう一度キッチンに立てるとしたら──その朝、わたしが一番に作るのは、タカラのお弁当です。
わたしにしか作れない、わたしらしいひと箱を、胸を張って持たせてあげたい。まだ家の空気が眠っているうちから、そっと支度を始めます。土鍋で米をとぎ、お湯を沸かし、卵焼きを巻くことから。子どもたちがまだ起きないように気を付けながら、トントントンと包丁で野菜を切る。家族が起きてくる頃には、だいたい仕上げておきたいです。
タカラがお弁当を食べるタイミングはほとんどサッカーの前後なので、がっつりすぎてもよくない、でも栄養バランスはしっかり保ちたい。まずはタンパク質をしっかり入れて、野菜との彩りもよく、そして運動後でも食欲が落ちないような味つけにします。男の子だからスポーツバッグの中でお弁当の中身がぐちゃぐちゃになっちゃうかもしれない。おかず同士が混ざってしまっても、それはそれで美味しく食べられるように組み合わせを考えるようにしています。
「美味しかったよ」なんて素直に言ってはくれませんが、いつもきれいに食べてくれるのが何よりの返事だと思っています。
わたしはお弁当を詰める時間が特に好きなんです。赤や緑、茶色と白とをバランスよく組み合わせていく、絵画を描くようなイメージでおかずを詰めていきます。
お弁当は「宝箱」みたいですよね。見た目でワクワクさせて、食べれば心と体まで整えてくれる。こんなに愛情のかたまりみたいな贈り物、ほかになかなかありません。
実は、息子の名前「タカラ」には「わたしの宝物」という意味を込めています。この名前は、高校生の頃から心の中でずっと温めていたんです。未来のどこかで、この子にお弁当を作っている自分の姿までなんとなく想像していたのかもしれません。
「タカラ、今日も全力で頑張れるといいな」「美味しく食べてくれるかな」そんな風に息子を想いながら作るお弁当作りは、たまらなく愛おしい時間です。
娘に食べさせたいピクニック弁当
タカラとは違って、娘のリンには、わたしの手でお弁当を作ってあげられたことがありません。山や海へのピクニックにも、まだ連れて行けていないのです。
だから、病気がよくなったら最初にリンに作ってあげたいのが、ピクニックに持って行く「リンの好きなサンドイッチのお弁当」。
わが家の食事は和食が中心。だからなのか、リンは時々パンが食べたくなるようです。「パン作りの絵本」を読んで、妹と一緒にパンをこねていたことがありました。よほど楽しかったのでしょうか、それ以来、何かあるたびに「サンドイッチ!」と言うようになりました。そのリクエストに、ちゃんと応えてあげたいと思っています。
お手製のフォカッチャに、グリルした色とりどりの野菜を挟む。ちょっと手間のかかるパテ・ド・カンパーニュも、前日から仕込んでおいてサンドウィッチにしようかな。鶏と豚を生ハムで巻いた、少し大人の味だけれど、リンならきっと大丈夫。
2種類のサンドウィッチに季節のフルーツ、きのこのキッシュも添えたら──どれから食べよう、と迷ってくれるかもしれません。
青空の下でお弁当箱を開けた瞬間、わたしを見て満面の笑みを浮かべるリンを思い浮かべると、必ず叶えてみせよう、と元気が湧いてきます。
いつかの晩酌
わたしはお酒が好きです。とは言いますが、どちらかというとお酒そのものより「料理と合わせてどう楽しむか」を考える方が好きで、おつまみ作りはちょっとしたクリエイティブ作業のようなもの。
以前、テレビで俳優の中尾彬さんのお品書きディナーが紹介されていました。奥さまの池波志乃さんが10品ほどのメニューを書き出し、中尾さんがそこから食べたいものを選んで、順番に作っていくとのこと。まるでおうちが小料理屋の厨房になったようで、「なんて楽しそう!」と、見ていてワクワクしました。すぐに真似して、わたしもそのスタイルにはまったのでした。
いつかタカラと一緒にお酒を飲める日が来たら、どんなお品書きを作ろうかしらといまから想像しています。最初の一杯は何にしよう。大人になったタカラはビールを選ぶのか、ワインの香りを楽しむのか、それとも九州らしく焼酎を飲んで「この酒、うまいね~」なんて言い始めるのか。その瞬間を思い浮かべるだけで、心がじわりと温かくなります。
息子の好みやお酒の種類を考えながら酒の肴を作るまで、あと7年くらい。同じテーブルに息子とわたしのグラスが並んで、とりあえずの乾杯を──わたしにとって、人生のごほうびみたいな時間になる気がしています。
そのときまでに、思い出の梅酒を漬けておくことは決めてあるのです。子どもの頃、祖母は梅仕事が得意でした。祖母の台所のシンクの下には年季の入った梅酒が並んでいました。とても綺麗な琥珀色で、梅の香りがふわっと鼻をくすぐる、大人な飲み物。いつか大人になったら、あんな梅酒を自分でも作ろうと思っていました。
わたしらしく、氷砂糖と焼酎ではなく、はちみつとラム酒で作る梅酒は、お菓子に入れても美味しいのです。祖母から引き継いだわたしの梅酒を、きっとタカラも気に入ってくれると思います。
一緒に台所に
リンとは、いつか一緒に台所に立ちたい──そんな小さな夢があります。妹のみっちゃんが料理を始めると、リンはキッチンをうろうろしながら興味津々。食べるだけじゃなく、作ることも好きになるはずだと密かに期待しています。
実は、お腹の中にいたリンが女の子だとわかった瞬間から、考えていたことがあるんです。「小学生になるまでに、ひとりでホールケーキを焼けるように育てたい」という、ちょっと欲張りで、でも料理好きな母としてはワクワクする目標。小学生でホールケーキを作れる子なんて、そうそういませんよね。
......とはいえ、今のところはわたしが教えられなくて、リンはすっかり食べる専門。いまこの瞬間も、隣でケーキを食べています。大きな口をあけて、本当に美味しそうに頬ばる姿がまたかわいい。口についたクリームを取ってあげたいです。
それから、台所道具の使い方も少しずつ伝えていきたいと思っています。野菜を蒸す木の蒸篭、ご飯がつやつやに炊ける土鍋、胡麻のすり鉢など。ほかにも、梅干しを漬けたり味噌を仕込んだりと、「季節を愛しむ仕事」の楽しさも知ってほしい。わたしが慈しんできた台所と季節のリズムを、いつか見せて聞かせてあげられたらと思っています。
小学校の高学年になったら一緒にお弁当作りをして、中学生になった頃にはひとりでお弁当を作れるようになってもらうのが理想です。習い事も部活も、お友達との時間もきっと忙しくなるけれど、ごはんの時間も大事にして欲しい。自分の身体を自分で整えられる力は、リンの長い人生の支えになる「生きるためのスキル」になると信じています。
そのうち、わたしよりずっと料理上手になるかもしれません。いつか、リンが「ママ、お誕生日おめでとう」なんて言いながら、バースデーごはんやケーキを作ってくれたら......。それだけで胸がいっぱいになるほど嬉しいだろうな、と想像してしまうのです。









