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適応障害とは――「新しい環境になじめない」人の心の病

岡田尊司(精神科医)

2013年05月16日 公開 2024年12月16日 更新

岡田尊司

パーソナリティや発達も絡む

適応障害の特徴は、同じ環境でも適応障害を起こす人と、そうでない人がいるということだ。その人に備わった適応力や忍耐力(ストレス耐性)も関係してくる。しかし、単に我慢すればすむ問題ではない。

たとえば、利潤志向が強い組織に入ったとしよう。その環境に、極めてよく順応できる人もいれば、心のなかに強い抵抗を感じる人もいるだろう。その違いを、忍耐力がないという単純な言葉では説明できない。その人の価値観やライフスタイルに、合うか合わないかということも大きい。

その場合、その人らしい生き方をするという点では、ただ我慢すればよいというものではないだろう。

むしろ、適応障害を起こして、その組織を脱け出してしまったほうが、もっと厄介なことに巻き込まれないですむという場合もある。無理をして適応したばかり、結局損をするということも起きる。

さらにもう1つ大事なことは、適応力というものが、その人のパーソナリティや発達の特性と密接に関係しているということである。たとえば、強迫的なパーソナリティの人は、物事をきちんと秩序立ってやらないと気がすまない。乱雑な状態や無責任な人の行動が、非常にストレスになる。

しかし、逆に、適度に乱雑で、アバウトな行動を好む人もいる。そういう人にとっては、あまりに物事の手順を決められすぎたり、きちんとするように求められすぎると、ストレスになる。

行動優位で、体を動かしながら物事を処理していくのが合っている人もいれば、言語や思考優位で、物事を先に考え、計画してからでないと、動かない人もいる。

物音に過敏で、些細な雑音や話し声も能率に影響してしまう人もいれば、いつも賑やかにBGMの鳴っている環境のほうが、調子が出る人もいる。こうしたことには、遺伝的な素質や発達の特性が関係する。

ストレス要因を減らし、適応障害を改善するためには、その人にとって、どういう状況が苦手でストレスになりやすいか、どのように環境を調整してやれば、適応が容易になるかを踏まえて対応していく必要がある。

他の人は我慢している、そうでもない人もいるということで、本人を説得しようとしても、それは何の助けにもならない。本人にとってどうかを見ていくことが事態の改善につながる。

 

2つの対処戦略

適応障害の治療、克服には、2つの方向があるということになる。1つは、不適応を生じている環境の問題を解決したり、ストレスに対する耐性を高めて、不適応を克服し、その環境で支障なく生活できるようにもっていくという方向である。

もう1つは、合わない環境からできるだけ早く離れて、その人に適した環境に移ることで、新たな環境での適応を図るという方向である。

職場や学校で適応障害を起こしたという場合、どちらの方向を方針に据えるかということが重要になる。通常は、まず不適応を克服するという方向で支援し、どうしてもうまくいかないという場合、環境を変えるという方針に切り替える。

合わない環境にしがみつこうとして、ダメージが大きくなってしまうというケースがこれまでは多かった。ところが、最近は、見切りが早すぎるというケースも目立つ。

確かに、それで病状が深刻化することは防げるが、困難や試練を乗り越える粘りや抵抗力がつかないという難点もある。厭なことがあっても、それを乗り越える努力も、ある程度必要だと言えるだろう。

そのために重要になるのが、次の2つの点である。1つは、生じている問題を解決することであり、もう1つは、ストレスに対する耐性を高めることである。ただ、問題を解決する能力をすぐに高めることは難しい。ことに適応障害を起こして、うつになっているときには、なおさらだ。

ただ、そういう場合にもできることがある。実は、問題を解決する能力を左右する上で重要な要素は、他の人に相談できるかどうかなのである。相談することができれば、問題解決能力は格段に高まる。

ところが、問題解決が苦手な人ほど、自分だけで何とかしようとする。自分の弱みを見せて相談するのが苦手な人ほど、適応障害を起こしやすい。

したがって、まず実践したいのは、問題や支障が起きたら、適切な相手に相談するということだ。適応障害を起こしている場合には、このことがとくに重要になる。問題の解決を、第三者に頼らざるを得ないのが普通だからだ。

自分でどうにかなっているのなら、そこまで追い詰められてはいない。今こそ、誰かに頼るときなのだ。他の人に問題解決を助けてもらうことを、恥ずかしがったり引け目に思う必要はない。それよりも、自分だけで抱え込んだまま潰れてしまうほうが、ずっと恥ずかしいと思うべきだ。

もう1つのポイントであるストレス耐性を高めるという点では、何ができるだろうか。ストレスを小さくするうえで大事なことは、期待値を下げるということである。

人は、自分が望む期待値と現実のギャップだけ、フラストレーションを感じる。期待値が高ければ高いほど、同じ現実に遭遇しても、落胆やストレスも大きくなってしまう。

実際、完璧主義な人は、適応障害を起こしたり、うつになりやすい。100点をいつも目指していると、90点でも不満足な結果でしかない。

いつも人に愛されたい、認められたいという承認欲求が強すぎる人は、人から些細な非雉を受けただけでも、強い不安に囚われる。それもまた、適応を阻害する。

100点ではなく50点で満足する。みんなから評価されることを期待するより、自分を評価する人もいれば、評価しない人もいて当然だと思う。実際、優れた人ほど、風当たりも強くなり、中傷も増える。中傷は、存在感の裏返しだと思っておけばよい。

ストレス耐性を高める上で、もう1つ大切なことがある。それは、切り替えを上手にするということだ。適応障害に陥り、うつになったときというのは、自分が躓いた問題や降りかかってきた難題に囚われた状態になっている。

そのことを絶えず考え続け、切り替えてリラックスすることができない。言われた言葉や心理的衝撃を頭のなかで引きずり続け、その言葉や場面が堂々巡りを続けている。

これを反芻思考というが、反芻思考に陥りやすい人は、うつにもなりやすい。日頃から、反芻思考を防ぐ習慣を作っておくことも大事だし、反芻思考に陥ったとき、それを切り替える方法を知っておくことも大事だ。

まず心がけたいのは、日頃から、切り替えの訓練をしておくことだ。切り替えの方法として、簡単だが有効なのは、体を動かしたり、場所を移動することだ。職場から出て、自宅に帰る。

30分以上の時間がかかったほうが、切り替えにはいい。その間も、いつも習慣にしていること(音楽を聞く、本を読む、情報をチェックする)をするのもよいが、瞑想したり仮眠をとると、さらに切り替えは進む。

自宅と職場が近いという場合は、意図的に徒歩や自転車で通うなどして、ある程度時間をかけると同時に、運動の要素を取り入れて、切り替わりを助ける。

もう1つの方法は、反芻思考に陥らない思考習慣を培うことである。同じことを考えてしまいそうになったときは、こう自問する。このことを考えて、何か役に立つだろうか。何かプラスになるだろうか。結果を変えることができるだろうか。良い結果を出すのに役に立つことなら、大いに考えたらいい。

しかし、そうでないことなら、こう言い聞かせる。考えても同じことは、考えるのをやめよう。そして、その考えを吹き払う。大きく息を吐いてもいい。頭をブルブルつと振ってもいい。そうした儀式をすることで、切り替えを促す。ストップと声を出して言うという方法もある。

これらの方法は、思考停止法という認知行動療法の技法やその変法である。

 

<著者紹介>

岡田尊司(おかだ・たかし)
精神科医。1960年、香川県生まれ。精神科医。医学博士。東京大学哲学科中退。京都大学医学部卒業。同大学院にて研究に従事するとともに、パーソナリティ障害や発達障害治療の最前線で活躍。現在、岡田クリニック院長(枚方市)。山形大学客員教授として、研究者、教員の社会的スキルの改善やメンタルヘルスにも取り組む。主な著書に、『パーソナリティ障害』『子どもの「心の病」を知る』『統合失調症』(以上、PHP新書)、『アスペルガー症候群』『うつと気分障害』(以上、幻冬舎新書)、『愛着障害』(光文社新書)、『母という病』(ポプラ社)などがある。小説家・小笠原慧として小説も書き、横溝正史賞を受賞した『DZ』や『風の音が聞こえませんか』(以上、角川文庫)などの作品がある。

 

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