リッツ・カールトンに学ぶ「一流の想像力」
2013年05月27日 公開 2022年12月07日 更新
《PHPビジネス新書『一流の想像力』より》
「一番高いステーキ屋」の予約を頼まれたら?
あなたはホテルのコンシェルジェです。あるとき、お客様からこんなことを頼まれました。
「大事なお客様と食事をするから、神戸で一番高くて一番美味しいステーキ屋を4名で予約しておいてくれないか?」
さて、あなたならどうしますか。お客様に喜んでいただくためには、どんな店を選べばいいのでしょうか。
リッツ・カールトンのコンシェルジュだった女性スタッフは、お客様からのご依頼を受け、1人5万円はするステーキハウスに予約を入れました。ところが、その夜、彼女は私に電話をかけてきたのです。
「高野さん、私、やってしまいました……」
「え、どうしたの?」
「お客様にお願いされて予約したお店が、安すぎたんです……」
そう、彼女が“頑張って”予約を入れた5万円のステーキハウスは、そのお客様にとっては“安すぎる”お店だったのです。彼女はお客様から、
「味はともかく、こんな安い店を選ぶってどういうことだ? きっとお連れしたお客様は笑っていたに違いない。恥をかいたじゃないか!」
と、お叱りの連絡を受けたそうです。
「こんなことなら、神戸ではないけれど京都の裏町にあるお店にしておけばよかった。あそこなら1人最低でも20万円はしますものね。失敗したな……」
電話口の彼女は、自分の見通しの甘さを、身をもって痛感させられていました。
あなたにとって、5万円のステーキは安いですか? 自分としては「とても手が出ないぐらい高い」と思っておすすめしても、お客様によっては、「安すぎて恥をかかされた」と怒られることも、ホテルではあるのです。
では、どうすればお客様が納得してくださり、喜んでいただける店を選ぶことができるのでしょうか。それには、そのお客様の生活のなかのパターンというものを、汲み取る努力をしなければいけないのです。
もし、そのお客様が初めての方だったら、「いつもどういうお店をご利用になっていますか?」と聞いてみるのが、一番わかりやすいと思います。もっとストレートに、「前回、同じようなお客様をご接待されたときのご予算をお伺いしてもよろしいですか?」と聞くのも、失礼にはあたらないでしょう。意外にシンプルなことです。
先ほどのステーキハウスの例では、コンシェルジュにご依頼されたお客様は、3人の華僑の方を接待されるために、ホテルにお店探しを頼みに来ていたのでした。
そのお客様たちは、「今日は中華を食べに行こう」となったら、プライベートジェットで香港に出かけて行くような人たちだったそうです。その話を聞くと、5万円では安いと思われても仕方がないですよね。
ホテルでよくある失敗は、価値観の違いから生まれるものがほとんどです。お客様の価値観と自分の価値観は違うものだという当然のことを、一瞬でも忘れてしまうと失敗は起きます。
「これをやったらいいに違いない」「これをやればお客様はきっと喜んでくださる」と思っても、その差を読み間違えてしまうことがあります。
このギャップ、当然逆のケースもあります。むしろ、ホテルでは逆のケースのほうが多い。「確かに美味しいところを頼むって言ったけど、1人2万円はないでしょう!」と言われることが、特に大阪ではよくありました。
東京ではまた少し物価が違うのですが、大阪で美味しいものといえば、1万円以内。そのくらいで、イタリアンでも相当美味しいお店があるのです。それを想定されてコンシェルジュに頼み、お店に行ったら2万円かかったとなると、これは苦情になってしまうのです。
もちろん、相手の価値観を完全に読み切ることは不可能です。しかし、難しいことではありますが、できる限り相手の物差しの長さを察することが大切です。
自分のなかで、「きっとこうしたらいいに違いない」と思い込まずに、いろいろな価値観の人がいることを想像すべきなのです。
いかがでしょうか? 大なり小なり、似たような経験が思い浮かんだのではないでしょうか?
すべてのケースは、想像力さえあれば、うまく対応できるはずのものばかりです。
「あのとき、想像力を働かせていたら、もっとうまくやれていたのに……」、あるいは「これは自分の仕事にも使える発想だ」と思われたあなたはぜひ、これを機に、想像の翼を広げて読み進めてみてください。
高野登
(たかの・のぼる)
リッツ・カールトン元日本支社長
1953年、長野県戸隠生まれ。ホテルスクール卒業後、1974年に渡米。NYプラザホテル、SFフェアモントホテルなどでマネジメントを経験。1990年、サンフランシスコのリッツ・カールトンの開業に参画。1993年にホノルルオフィスを開設。翌94年に日本支社長として帰国。日本におけるブランディング活動をしながら、シンガポール、ソウル、バリ島のリッツ・カールトンの開業をサポート。1997年に大阪、2007年に東京の開業をサポート。2009年、長野市長選挙出馬のため退職。3週間の準備期間で現職に651票差に迫るも惜敗。2010年、人とホスピタリティ研究所設立。現在に至る。
著書に『リッツ・カールトンが大切にする サービスを超える瞬間』(かんき出版)、『たった一言からはじまる「信頼」の物語』(日本実業出版社)、『リッツ・カールトンと日本人の流儀』(ポプラ社)など。
<書籍紹介>
一流の想像力
プロフェッショナルは「気づき」で結果を出す
どんなにアタマがいい人も、想像力豊かな人には適わない! 仕事の出来、会社の存亡、モテるモテない、すべてが今、想像力にかかっている。