- PHPオンライン
- Moguru(本の話)
- 『虐幸のくるちゃん』が描く「優しさ」と「簡単には終われない現実」担当編集者が語る作品の魅力
漫画『虐幸のくるちゃん』(木陰ひな田/講談社)は、母親に認められたい、愛されたいと願い続ける少女・くるみの姿を描いた作品です。
「毒親」をテーマにしながらも、親を単純な悪者として描くのではなく、子どもと親、それぞれが抱える苦しさや、簡単には断ち切れない親子の関係を丁寧に描いています。
今回は、本作を担当する編集者にインタビュー。担当編集者の視点から見た、作品の魅力や木陰さんの描く親子関係のすごさについて伺いました。
「優しさ」と「簡単には終われない現実」の両方が描かれている

──『虐幸のくるちゃん』を担当されていて、改めて感じる作品の魅力を教えてください。
【担当編集】今回、木陰さんのお話を聞きながら改めて感じたんですけど、木陰さん自身がくるちゃんやお母さんに向けている視線って、ずっと優しいんですよね。
ただ、優しいだけではなくて、解像度が高いからこそ、そこにある苦しさもしっかり分かった上で描いているんだなというのを感じます。
だから、親を単純な悪役として描かない一方で、「でも現実はそんなに簡単じゃない」ということも、同じくらい力強く描き続けている。
親子関係って、周りから見ると「離れればいい」と思ってしまうこともあると思うんです。でも、実際にはそんなに簡単ではない。
その両方が描かれているところが、作家さんとしてすごいところだなと思います。
──優しさが根底にある作品という感じがしますよね。
【担当編集】そうですね。優しさもあるし、同時に「簡単には終われない」というシリアスさや、ヒリヒリする部分もある。
その両方を描けているところが、本当にすごいなと思います。
すみません、もう読者みたいな感想になっていますけど(笑)。
「毒親漫画」だけでは終わらない作品の魅力

──「毒親」を扱った作品というと、怖さやホラー的な要素が強く描かれることも多いと思います。その中で、『虐幸のくるちゃん』ならではの魅力はどこにあると感じますか。
【担当編集】怖さだけではないところが魅力だと思います。
木陰さんが以前からファンだったということもあって、2巻の帯には湊かなえさんからコメントをいただいたんです。
そのコメントが本当にすごくて。
「気づけ、気づけ、気づけ、と祈るしかない。
『くるちゃんは私だ』ではなく、
『くるちゃんのお母さんは私だ』と。」
という言葉をいただきました。
短い言葉の中で、作品に込められているものをすごく正確に捉えてくださっていて。本当に解像度の高い、すごいコメントだなと思いました。
──すごいですね。鳥肌が立ちます。
【担当編集】本当に、何度聞いても嬉しい言葉です。
木陰さんが作品に込めているメッセージを、まさに理解してくださっているというか。
これからさらに広がっていく作品へ

──今後『虐幸のくるちゃん』がどのような作品になっていくのか、楽しみにしている読者も多いと思います。
【担当編集】本当に多くの方に届いてほしい作品だと思っています。
親子関係って、誰にとっても簡単に答えが出るものではないと思うんです。
この作品を読んで「自分だけじゃなかった」と感じたり、自分自身の過去や家族との関係について考えるきっかけになったりしたらうれしいですね。









