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「本物のクリエイティブ力」の磨き方~奥山清行・フェラーリをデザインした男が語る~

奥山清行(工業デザイナー/KEN OKUYAMA DESIGN代表)

2013年09月12日 公開 2023年01月05日 更新

《PHPビジネス新書『100年の価値をデザインする』より》

 

日本人が持っている潜在力をどう発揮するか?

 

「クリエイティブ」に対する幻想

 クリエイティブという言葉に対して、みなさんはどういうイメージをお持ちだろうか。格好いい、スマートな、知的労働、頭脳労働、高給取り、独創的、創造力、制作現場、企画、広告、マスコミ、デザイン、イラストレーション、設計、建築、絵画、コピーライティング、映像制作……。

 もしも今挙げたようなイメージしかお持ちでなければ、あなたのクリエイティブに対する定義は幻想である。そして、これは僕の漠然としたイメージでしかないのだが、日本人の多くがクリエイティブに対して間違った見方をしている。

 中でも多いのが、「クリエイティブは才能である」という先入観だ。かけっこが速い、手先が器用、記憶力が優秀というのと同様に、人間には持って生まれたクリエイティブな能力があると思い込んでいる人は意外に多い。

 だが、断言しておく。後述する日本人としてのセンス以外に、先天的にクリエイティブな能力の差など、ほとんどない。

 クリエイティブなことを可能にするのは、後天的なセンスと、経験から得たスキルである。そのための道具の使い方をマスターし、自在に使いこなし、世の中を大局的に捉えるマクロな視点と課題の細部までを理解するミクロな視点を併せ持つ。そういう人が提案するアイデアが、時としてクリエイティブであると評価されるだけのことだ。

 僕のことをすでにご存じであれば幸いだが、僕は工業デザイナーと呼ばれる種類の仕事をしている人間である。「デザイン」という仕事についても、クリエイティブと同様に人々は間違った認識しかしてくれていないが、デザイナーはこのクリエイティブに非常に近いところで仕事をする。決して格好のいいクルマや鉄道車両、家具やメガネの外見を提案するだけの仕事ではない。

 

現状分析だけでは、本当の問題解決には至らない

 一時期、「ソリューションビジネス」という言葉が無秩序に流行したことがあった。お客様の直面している課題や問題を総合的に解決するアイデアや方法を提案し、対価をいただくという商売である。単にものを売っているだけでは、本当の意味でお客様の役に立てていないということから、いろいろな会社がこの分野に参入した。

 確かに、現実の世の中ではものを買ってくるだけでは問題が解決しないことが多い。「年賀状をパソコンで作りたい」と思っている人に、パソコンやプリンターを渡しただけでは何も解決しないのがいい例だ。ソフトも必要だし、いろいろな作例も見せたほうがいいし、はじめのうちは使い方を教えてあげる必要もあるだろう。それらをワンセットで提供するのがソリューションビジネスである。

 そしてパソコンやプリンターを単体で売るより、ソフトやパソコンスクールにお金を出してもらうより、まとめて全部提供したほうが儲かるし、お客様も喜んでくれる。

 問題はその先だ。たとえば、お客様自身がまだ気づいていない問題点はどう解決すればいいのか。あるいは問題が複雑で、どこから手をつけたらいいのかわからない場合は?

 実は、今の社会にある問題や課題は、ほとんどがそういう性質のものである。簡単に「こうすればいいですよ」と口にできるようなものではない。そういう問題点を目の前にして、何が根っこにあるのかを探り当て、どういう対応をすれば解決できるのかを示すこと。そのために必要なのが、本物のクリエイティブカなのだ。

 あるいは、まだ問題は発生していないが、数年先には発生しそうな場合も同様だ。その種の問題解決には、市場調査や過去の事例にならうやり方はあまり役に立たない。

 たとえば、5年後に小さな子どものいる家庭に売り込むクルマを作るとする。今すぐ売るなら、小さい子どもを持つ人たちを相手にアンケートなりインタビューをやればいいかもしれないが、今この瞬間に小さな子どもがいる人たちは5年後の客ではない。5年後に小さな子どもを持つ人たちは、まだ結婚すらしていなかったりする。その人たちに未来の話を聞くのはほとんど無意味である。

 世の中にコンサルティングを生業としている人や企業は多いが、彼らが得意なのは現状分析である。だから立派な報告書はいくらでも提出できるが、これからどうすべきかをアイデアとして提案することはできない。クリエイティブ力がないからである。

 

世界中で仕事をしてきた末に感じた「日本人が直面している壁」

 僕はアメリカの学校に学び、GM(ゼネラルモーターズ)、ポルシェ、ピニンファリーナといった世界を代表するクルマ作りの現場で四半世紀の間、働いてきた。たった1人で海外に飛び出し、アメリカ人やドイツ人、イタリア人たちに混じって競争し、なんとか勝ち残ってきた。ビジネスの流儀についても、アメリカ流、ドイツ流、イタリア流をそれぞれマスターしてきた。面白いことに、どれも日本の流儀とは違う。

 そして日本に帰ってきてから「KEN OKUYAMA DESIGN」という小さな会社を立ち上げ、家具やメガネ、クルマや新幹線などを世の中にプロデュースしている。僕がデザイン監修を務めた新しい秋田新幹線は、2013年の3月から走り出しているし、その次の新幹線も手がけている。ヤンマーやヤマザキマザックといった日本を代表する製造会社では、世界の現場を飛び回りながら経営の中枢にアドバイスさせていただいている。

 そういうものづくりの最前線で働いていて思うのは、日本が今、壁に突き当たっているということだ。もう少し正確に言うなら、日本人のメンタリティが殻を破れなくてもがいているというところか。そしてその壁や殻は、日本人がクリエイティブ力を発揮するためにはなんとしても突破しなければならない存在なのである。

 だが当の日本人たちは、問題の存在に気づいていないか、まるで見当違いのところに手を打とうとしている。クリエイティブが才能だと誤解しているのと同様に、日本人は自分たちの正しい姿を知らないのだ。

 たとえば、平均的な日本人は自分たちのことを、個人力に乏しく、団体力に優れていると考えている。しかし、それは180度間違った見方だ。日本人ほど団体力のお粗末な人種はいない。日本のホワイトカラーは、先進国で生産効率が最低の仕事しかできない組織だ。日本の会議のムダさは、世界的に有名だ。

 

日本人の個人力は、本当はものすごい!

 ではどうして国が滅ばないのか。それは、日本人が団体力よりも「個人力」に優れているからだろう。

 僕は世界中で、本当に優れた多くの日本人を目にしてきた。アメリカや中国、インドなど世界中でビジネスを成功させ、個人的にも尊敬できる数多くの人と出会ってきた。彼らの多くはほとんど一匹狼的な立場で海外に出て行き、苦しみながらも成功を勝ち取り、かつ、その国の利益にも貢献し、現地の人から尊敬されている。

 そういう例を見るにつれ、僕は「日本人は本来一匹狼が似合っている。殻を破るためには、団体力よりも個人力を発揮すべきではないか」と確信するに至った。考えてみれば僕自身、一匹狼として世界へ出て行き、成功を勝ち得ることができた。

 そして海外に出てみれば、日本人がいかに優れているかが実感できる。僕がフェラーリやマセラティのデザイン責任者になれたのは、1人で世界に打って出たこと、いくつもの偶然に恵まれたこともあったが、やはり日本人として生まれ育ち、日本人が潜在的に持っているセンスを持っていることも大きかった。

 だが、国内にいては、あるいは団体の中にいては、こうした日本人本来の個人力を発揮するのは難しい。本来の創造力の豊かさを、どうしても些細なことや表面的なことばかりに費やしてしまうからだ。

 だからぜひ、多くの人に「たった1人で世界に打って出る」意識を持ってもらいたい。その上で努力をすれば、日本人が本来持っている潜在力を発揮し、誰もが必ずクリエイティブな力を手に入れ、活躍することができる。それが、僕が本書『100年の価値をデザインする』で伝えたい最大のメッセージだ。

 そのような人が増えればきっと、100年後の日本および日本のものづくりはより明るくなっている。私はそう信じている。

 


<書籍紹介>

100年の価値をデザインする

奥山清行著
本体価格860円

日本のセンスは世界に通用する! 世界的工業デザイナーが、日本的なクリエイティビティを発揮し、世界で勝負するための条件を説く。

 

<著者紹介>

奥山清行(おくやま・きよゆき)

工業デザイナー/KEN OKUYAMA DESIGN代表

1959年山形市生まれ。ゼネラルモーターズ社(米)チーフデザイナー、ポルシェ社(独)シニアデザイナー、ピニンファリーナ社(伊)デザインディレクター、アートセンターカレッジオブデザイン(米)工業デザイン学部長を歴任。フェラーリ・エンツォ、マセラティ・クアトロポルテなどの自動車やドゥカティなどのオートバイ、鉄道、船舶、建築、ロボット、テーマパーク等数多くのデザインを手がける。2007年よりKEN OKUYAMA DESIGN代表として、山形・東京・ロサンゼルスを拠点に、企業コンサルティング業務のほか、自身のブランドで自動車・インテリアプロダクト眼鏡の開発から販売までを行う。
2013年4月ヤンマーホールディングス株式会社社外取締役就任。滋慶学園COMグループ名誉学校長、アートセンターカレッジオブデザイン客員教授、多摩美術大学客員教授、金沢美術工芸大学客員教授、山形大学工学部客員教授。
『フェラーリと鉄瓶』(PHP研究所)、『伝統の逆襲』(祥伝社)、『人生を決めた15分 創造の1/10000』(武田ランダムハウスジャパン)など著書や、講演活動も行う。

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