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【連載:和田彩花の「乙女の絵画案内」】 第1回/フェルメール『手紙を書く女』

和田彩花(アイドルグループ「スマイレージ」リーダー)

2013年09月27日 公開 2021年08月23日 更新

手紙を書く女

ヨハネス・フェルメール(1632-1675)

1632年にオランダのデルフトで生まれる。父親は織物業のかたわら宿屋と画商を営んでおり、フェルメール自身も家業を継ぎながら画家として活動した。独立直後のオランダを代表する画家であり、独立の担い手となったデルフト市民の室内での生活を描いた風俗画をおもに描いている。寡作の画家としても知られており、現存する作品は30数点と少ない。『牛乳を注ぐ女』(アムステルダム国立美術館蔵)などのように、簡素で抑制のきいた画風でありながら、細部まで計算された空間構成や調和のとれた色調で評価される。また、『真珠の耳飾りの少女』(マウリッツハイス美術館蔵)のターバンなどに見られる美しい青色には、当時、非常に高価であったラピスラズリを原料とするウルトラマリンブルーが使用されている。この青は「フェルメール・ブルー」とも呼ばれ、世界中で称賛され親しまれている。

 

キラキラとした光の絵画

 

地理学者 私とフェルメールとのはじめての出会いは、『地理学者』(シュテーデル美術館蔵)でした。細かいところまで描きこまれた左の絵を観ながら、なんて繊細な絵なんだろう! と、びっくりしました。

 そして、フェルメールの絵の世界に完全にとりつかれたのが、この絵、『手紙を書く女』(ナショナル・ギャラリー蔵)との出会いだったのです。

 美術館に入って、絵の前に立つと、光が絵から私のほうに出てくるのを感じました。ほんとうに光が見えるわけではないのに、たしかに光を感じる!

 このときの出会いは、2011年のBunkamuraザ・ミュージアムで行なわれた展覧会でした。ほかに2点、『手紙を読む青衣の女』(アムステルダム国立美術館蔵)と『手紙を書く女と召使』(アイルランド国立美術館蔵)も一緒に展示してあり、どちらもフェルメールの作品らしい、素敵な絵だったのですが、この『手紙を書く女』には心をもっていかれました。画集で観ていたときとはまるで違う、私に向かってあふれでてくる光。〝恋に落ちた〟のかもしれません。

 もしかしたら、私が感じた光はアイドルを観ているときに感じるキラキラに近いのかも。握手会などで、「あやちょ(私の呼び名です)から光が出ていて、キラキラしている」と言ってくださるファンの方がいらっしゃいます。ほんとうに嬉しいんだけど、自分ではどんな感じかわからなかったのですが、私はこの絵に対して同じことを感じたみたいです。

 『手紙を書く女』から出てくる光は、スポットライトのような大胆なものではありません。でも、絵の前に立つ私に向かってやさしくあふれ出てきて、その感覚に夢中になっちゃいました。

 

微笑みにこめられた謎

 

 さて、絵の内容を見てみましょう。とてもきれいな女性ですね。年齢はいくつくらいなのかな? 大人っぽいので私より年上のようにも見えますし、じつは同年代くらいなのかも。

 絵のなかでどんな物語が起こっているのか考えることも、私は大好きです。

 いったい何の手紙を書いているのでしょうか。こちらに意味ありげに視線を投げかけている表情から、悲しい手紙を書いているわけではないようです。それほど大事な要件ではなくて、私たちが日常生活でメールをしているような内容なのかもしれません。手紙の相手は、従姉妹とか親しいけれど少し遠い人かな、なんてどんどん想像がふくらみます。

 私が手紙を書くのは友だちの誕生日ぐらいですが、昔はこうして手紙を日常的に使っていたんだなあと考えたりするのも、時間を越えた旅をしているようでとても楽しいです。いまはほとんどメールでやりとりしますが、手紙のよいところはやっぱり自分の気持ちが素直に字に表れること。

 でも、もしかしたら、あまりみんなに言えないようなことをこっそり書いているのかもしれませんね。部屋は薄暗くてまわりにだれもいませんし、女性のうすい微笑みにも、何か意味がある気がしてきました。

 

黒く塗りつぶされた絵の秘密

 

 じつはこの絵で私がいちばん気になるのが、背景の壁にかかっている絵です。もしかしたら『手紙を読む青衣の女』のように、修復されたあとで描かれていたものが出てくるのかもしれませんが、いまのところは何が描かれているのか、暗くてほとんどわかりません。

 室内画を描くことが多いフェルメールには、部屋の装飾として絵画が描きこまれた作品がいくつもあります。どうしてこの絵にかぎって額縁のなかの絵をはっきり描かなかったのでしょうか。

 フェルメールは、絵を描くときにカメラオブスキュラという、現代のカメラのような装置を利用したのではとも言われています。カメラオブスキュラとはピンホールカメラのようなもので、カメラの前の画像が装置のなかを通って、すりガラスなどに映ります。

 人間の脳は、目でみた映像を解読し、すべてにピントが合っているように処理しますが、実際はピントが合っている部分と合っていない部分があるそうです。カメラオブスキュラを使うことで、画家たちは本来の遠近感を絵のなかに描くことができる。すごい仕組みをつくったんですね。

 そういったやり方で描いていたので、部屋が暗く、どんな絵が描かれているかわからなかったのかもしれません。ただ、それにしてもここまでわからないということはないと思います。だからこそ、フェルメールの意図を感じてしまうのです。

 フェルメールが、あえて黒く塗りつぶした絵。もしかしたら、絵を観ている人に、絵のなかの物語を自由に想像してもらうために、意図的に背景の絵を黒く塗りつぶしてしまったのかもしれない。考えれば考えるほど謎めいていく。フェルメールという画家がこの絵にどんな魔法をかけたのか。観るたびに気になっちゃいます。

 そんなふうにフェルメールと語り合うようにして観ていると、ますますこの女性の微笑みが意味深に思えてきます。もしかしたら、誰にも言えない秘密を大切な人に書こうとしているのかもしれません。

 絵を観ている人を見つめているかのような女性のポーズにも、きっとフェルメールが何か謎をかけたのだと思います。

 この女性はどんな思いで、だれに宛てて、何を書こうとしているのか。その答えは永遠に謎のままです。でも、この手紙を書く女性の姿を通して、フェルメールが何か問いかけてきているような感じがします。この問いかけが、光となって私の心に届いたのかもしれません。

 フェルメールは、絵のなかに、観る人が自由に想像できる物語を創りこむ天才なんです。アトリエという小さな空間に、たくさんの謎を創りこんでいく。

 だから、フェルメールは風景画をあまり描かなかったのかもしれません。自然のなかの風景に、小さな謎をたくさん創りこむのは不自然だから。

 額縁の絵など、部屋にあって当たり前のものがミステリアスな演出の小道具に変身する。絵画って、なんておもしろくてすばらしい世界なんだろうと、あらためて思います。

 

1対1のお付き合い

 

 でも、そんな謎を盛りこみながら絵を描くことは、画家として精神的にも大変な作業だったんじゃないかな、と心配になります。最初は楽しいかもしれませんが、だんだん自分の心が疲れてきてしまいそうです。

 私だったら外に出かけて風景を描いたほうが絶対に楽しいと思うのに、いろいろな意味を考えながら絵を描いたフェルメール。しかも、フェルメールの絵は小さなサイズばかり。この『手紙を書く女』も45×39.9センチメートル。ほんとうに小さい絵です。

 「絵のなかにどんな物語があるか考えてごらんなさい」。女性に質問されている気がしてきました。そんな問いかけがこめられているから、この女性は絵を観ている人をそっと見つめているのかもしれません。

 もし、私がフェルメールの絵のモデルになったとしたら……どんな絵になるんだろう。

 希望がかなうのなら、自分の部屋で歌を練習している姿を描いてほしいな。誰にも見られたことも、見せたこともないシーン。私一人しか知らない世界を、フェルメールに描いてもらいたいです。

 時間は夜。月明かりが窓から入っているなかに、私が一人立っている。私の場合、夜は日中より声が出づらいので、そのあたりのやりづらさみたいなのが表情に出ているかもしれません。

 大好きな画家に、自分だったらどんなふうに描いてもらえるんだろう、なんて考えながら絵を観る楽しみもありますよね。

 美術館に行くときは、一生をかけて絵を描いた画家たちに失礼のないように、きちんとした格好で行く私ですが、絵自体とのお付き合いはもっと個人的な関係であってもいいんじゃないかな、と絵画が好きになればなるほど思うようになりました。

 1対1の関係で、絵と語り合うことの楽しさ、すばらしさ。

 フェルメールの絵が私に教えてくれたことです。

 


<著者紹介>

和田彩花和田彩花

(わだ・あやか)

1994年8月1日生/A型/群馬県出身

ハロー!プロジェクトのグループ「スマイレージ」のリーダー。

2009年、スマイレージの結成メンバーに選ばれ、2010年5月『夢見る 15歳』でメジャーデビュー。同年の「第52回輝く!日本レコード大賞」最優秀新人賞を受賞。近年では、SATOYAMA movementより誕生した鞘師里保(モーニング娘。)との音楽ユニット「ピーベリー」としても活動中。高校1年生のころから西洋絵画に興味をもちはじめ、その後、専門的にも学んでいる。

スマイレージ公式サイト
和田彩花オフィシャルブログ「あや著」

 

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