1万人の体験から学んだ「聞く技術」――他人と心を通わせるコツ
2013年10月17日 公開 2024年12月16日 更新
《PHPビジネス新書『1万人の体験から学んだ「聞く技術」』より》
「名刺」を出さずに会話ができますか?
想像してみてください。あなたは、まったく異なる世代の、まったく住む世界が異なる人と20分間話ができますか?
実はビジネスパーソンというのは、同じような家庭に生まれ、同じような学校を出て、同じような会社に勤めたという、きわめて同質な社会にどっぷりと浸かった人たちだったりするのです。
例えば、31歳の独身男性が小学校4年生の少年たちと20分間話をするという機会は、本当に少ないものです。
もっと極端にいえば、ホームレスの人と言葉を交わす機会は、ほとんどの人が持っていないでしょう。例えば突然、彼らと20分間話をしなければならなくなったら、どんな話をすればいいのか、困惑してしまうのではないでしょうか。
小学校4年生の少年やホームレスに対して「名刺」を出しても、まったく意味を持たないでしょう。だから、「名刺」によって自分がどんな人間なのかをわかってもらうという技が通用しないのです。
同質な社会であれば、名刺を見ればどんな仕事をしていて、どのくらいの役職の人なのかがわかりますから、それに合わせて話題を振ったり、質問したりすることができます。ところが、名刺からその実名以外の情報を読み取ることができない小学生やホームレスにとって、それは単なる小さな紙切れに過ぎませんから、珍しい苗字や名前を持つ人以外は会話を始めるにあたってまったく意味がありません。
そもそも会話とはお互いが通じ合うことです。ビジネスの世界では初対面であれば名刺交換をして、お互いの名前や連絡先の交換と同時に、どこの会社でどのくらいの責任を持って、どんな仕事をしているのかを共有して、お互いが通じ合う準備をします。
名刺というのは非常に便利なもので、あの小さな紙切れ1枚でお互いが通じ合う機会を演出してくれる自分の分身みたいな存在なのです。
では、この見知らぬ子供やホームレスといった自分の分身が通用しない種族と通じ合うには、どうしたらいいのでしょうか。
私の場合は偶然でしたが、ホームレスの人にタバコの火を借りたのがきっかけで会話に発展したことがあります。もう昔の話ですが20代の頃に、赤坂で飲んでいて、酔っ払ってタバコとライターをお店に忘れてきてしまったことがありました。
1本吸いたくなったのでタバコは自動販売機で買いましたが、ポケットにはライターもマッチもありません。深夜ですから、売店も閉まってしまい、そこには今のようなコンビニはありませんでした。
タクシーを拾う道すがら、目に映ってきたのは地べたに廃ってシケモクを吸うホームレスのおじさんです。その手にはライターが握りしめられているではありませんか。
どうしてもタバコが吸いたかったので、「すみませんけど、ライターを忘れてきちゃったみたいなので、タバコの火、貸して頂けますか」と声をかけたのです。
彼は一瞬驚いたような表情をしたのですが、すぐに人懐っこい満面の笑みをたたえて「いいよ、いいよ」と、私がくわえていたタバコにライターで火をつけてくれたのです。
それから当たり障りのない雑談をしながら、一緒にタバコを吸っていたのですが、なぜかそのおじさんの笑顔が気になって、帰り際にタバコの火のお礼にと、一本しか吸っていない残りのタバコの箱をおじさんにあげたのです。
その時の彼の言葉が今でも忘れられません。「兄ちゃんは、将来、この街を制すよ」と。おだてられて喜んだ、ただの酔っ払いだったのには違いないのですが、タバコの火を媒介にして住む世界がまったく異なるホームレスの人とさえ通じ合えたという経験は、私の頭に化学反応を起こしました。
人と通じ合うことの仕組みが「ストン」と腹に落ちたのです。結局、人と人とをつなぐものは会話しかありません。ボールが返ってこないとキャッチボールにならないように、ボールという言葉のやり取りがあって、初めて人と人が通じ合うのだと。
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