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憲法議論の前に知っておきたい「憲法の3つの顔」

2014年05月02日 公開

木村草太(首都大学東京法学系准教授)

PHP新書『テレビが伝えない憲法の話』より

 

日本国憲法の3つの顔とは

木村草太「憲法9条は、外国に向けた一方的外交宣言としての側面もあるからねえ」

大学3年生の当時、私は国際政治を教えてくださった藤原帰一先生の研究室で、憲法9条について話をしていた。その時に藤原先生から冒頭の台詞が出たのである。言われてみれば当然のことだが、私はこの言葉を聞いて、自分の視野の狭さに衝撃を受けた。

その頃、筆者は、標準的な法学部生として、日本の最高裁判例をチマチマ読むことを中心に生活していた。たった1つの判例を数カ月がかりで調べる。関係する判例評釈を読み漁り、引用文献を読み漁り、関連判決を読み漁り、関連判決の判例評釈を読み漁り、と、マニアックな視点をどんどん先鋭化していくのである。

そんな生活をしていると、日本国憲法には、単なる国内法典としての役割以上の意味がある、などということは意識し難い。

しかし、先生がおっしゃったように、日本の憲法を読むのは日本人だけではない。日本人だって、外国と商取引や政治外交をしようと思えば、その国の経済体制はどうなっているのか、裁判システムはどうなっているのか、統治機構はどうなっているのかなど、相手国がどのような国なのかを知るために、その国の憲法を読むこともあるだろう。とすれば、憲法典に、外国にメッセージを発信する条項が入っていても、なんら不思議ではない。「日本国憲法には、国内法典以上の意味がある」ということは、憲法について考える上で、いつでも頭のどこかに留めておくべきだろう。

そうは言っても、憲法を大学で専門的に研究していると、学生にも「日本国憲法」の内容を講義で伝えねばならないので、ついつい憲法の「法律」としての側面にばかり目がいってしまう。しかし、昨今の憲法論議を眺めていて、何やら違和感を持った私は、ふと、先の学生時代の出来事を思い出した。

憲法典には、様々な側面がある。そういう視点で、憲法やそれを巡る議論を検討してみると、日本国憲法にも、いくつもの側面があることが分かった。日本の憲法状況を理解する上で、特に大事なのは、次の3つの側面だと思う。この点を押さえておこう。
 

第一の顔:国内の最高法規

まず、憲法典には、国内で最高の効力を持つ法律、つまり「最高法規」としての側面がある。憲法が最高法規としてどのようなことを規定しているのか、憲法の法技術文書としての内容を適切に理解することが、大学の講義などで憲法を学ぶ時の中心的な課題である。

ここで、「最高法規」とは何かを考える前に、ある文書が「法律」として使われる、とはどういう意味なのかを見ておこう。

国会の議決を経て施行された法律は、人々の行動基準になり、またトラブル発生時には、裁判所の判断根拠にもなる。例えば、日本で自動車を運転しようと思うなら、運転免許を得るため、きちんと「道路交通法」を学んで交通ルールを把握しなければならない。事故が起きて損害賠償をしなければならない時も、誰が責任を負うべきかは、交通ルールを基準に判断され、裁判所も、それを基準にして判決を書く。日本国憲法も、日本の法律の一種だから、人々の行動基準や裁判の判断根拠になるのは、道路交通法と同じである。

では、「最高法規」とは、どういうことだろうか。それは、その法律を無効にするための方法の違いによる。

普通の法律は、それと矛盾する別の法律ができた場合、新しい法律が優先される。これは、「後法は前法を廃する」と表現されるルールである。例えば、消費税法が税率5%と定めていても、新しい法律が8%と定めれば、税率は8%になる。これに対し、憲法典の場合は、それと矛盾する法律が新しく定められても、憲法の効力は失われず、逆に、新しくできた法律のほうが無効になる。憲法典を無効にするには、立法ではなく、憲法改正手続を経て憲法典そのものを変える必要があるのだ。

このように憲法典は、普通の法律よりも強い効力を持つ。このため、普通の法律と区別して、「最高法規」と呼ばれる。なぜ、普通の法律とは区別された「最高法規」があるのか、という点については、おいおい説明するとして、まず、憲法典には、国内の最高法規としての側面がある、ということを確認してほしい。
 

第二の顔:外交宣言

国内の最高法規としての側面以外は、憲法を語る上でほとんど意識されないように思われる。しかし、冒頭にも述べた通り、憲法典には、外国の人に対するメッセージを発信する文書、すなわち「外交宣言」としての側面もある。

憲法典は、非常に公式性の強い文書であり、外国の人にも読まれる。憲法が、普通選挙や秘密投票など、民主主義のための制度をしっかり規定していれば、外国の人に「この国はきちんとした民主国家らしい」という印象を与える。逆に、憲法が、言論弾圧や独裁政治を正当化する文言になっていたら、「強権的で人権侵害も平気で行う国なのだろう」という印象を与える。

独裁的な国家では、独裁者の都合でルールが突然大きく変わる危険がある。政府の借金が全て踏み倒される危険だってあるわけだ。そんな国家と好きこのんで取引をしてくれる外国や外国企業はなかなかいないだろう。そんなわけで、現代では、どんなに独裁的な国家でも、憲法典の建前上は「民主主義」とか「共和国」の看板を掲げることが多い。現代の国際社会に適合的な国家であることをアピールするのである。

そこを意識して読み直してみると、日本国憲法には、外交宣言として重要な文言がいくつもある。例えば前文には、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」と書かれている。

最近、この文言を「非現実的な理想主義」だと非難して、削除すべきだと主張する人がいる。確かに、外交は、利害得失と権謀術数が渦巻く厳しい世界である。しかし、それと同時に、外交は儀礼・礼節の世界でもある。どんなに激しい利害対立があっても、初めから「お前のことは信頼しない」などと宣言すれば、外交関係は無意味にギクシャクするだけだろう。どんな外交交渉も、まずは相手を尊重するところから始まる。日本国憲法は、そのために、「外国の皆さんを信頼しています」と挨拶しているわけである。この文言を削除するということは、外国に対し「お前らを信頼しない」と宣言するに等しい振る舞いであり、そういうメッセージを発信しても、失うものばかりで得るものは何もないだろう。

このように、憲法典の文言は、国内の法律としての側面だけでなく、外交宣言としての側面も視野に入れて理解しなければならない。国内のみの狭い視野で考えていたのでは、国際社会では生きていけない。

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著者紹介

木村草太(きむら・そうた)

首都大学東京法学系准教授

1980年、横浜市生まれ。東京大学法学部卒業、同助手を経て、現在、首都大学東京法学系准教授。専攻は憲法学。
助手論文を基に『平等なき平等条項論』(東京大学出版会)を上梓。法科大学院での講義をまとめた『憲法の急所』(羽鳥書店)は「東大生協で最も売れている本」「全法科大学院生必読の書」と話題に。近刊には『キヨミズ准教授の法学入門』(星海杜新書)、『憲法の創造力』(NHK出版新書)、『未完の憲法』(奥平康弘先生との共著・潮出版社)、『憲法学再入門』(西村裕一先生との共著・有斐閣)がある。

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