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生き方

佐々木常夫・松下幸之助さんの本は平易な言葉で書かれた「修養の書」

佐々木常夫(元東レ経営研究所社長)

2014年05月15日 公開 2022年09月15日 更新

佐々木常夫・松下幸之助さんの本は平易な言葉で書かれた「修養の書」

※本稿は、『PHPビジネスレビュー松下幸之助塾』(2014年5・6月号Vol.17)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

運命を引き受けよう

松下幸之助さんの人生哲学では、運命というものを常に受け入れなさいという考えが厳としてありますね。私は非常に共鳴しています。というのは、私の座右の銘も「運命を引き受けよう」なのです。私は6歳のときに父が亡くなり、母は4人の息子を女手一つで育て上げてくれましたが、その母がよく言っていました。「運命を引き受けてがんばろう。がんばっても報われないこともあるけれど、がんばらないことには結果は出ない」。

働きづめでも愚痴をこぼさず、いつも笑顔を()やさずにこう言っていた母の言葉は脳裏に深く刻まれ、やがて私の信念の1つになりました。

結婚して家庭を築き、年子で3人の子どもに恵まれました。しかし、長男が3歳のときに自閉症であることが分かりました。妻にかかる子育ての苦労はひとかたならぬものだったでしょう。

ただ当時は高度成長期の()()中、会社員には今のようなワークライフバランスの発想がなく、私は家のことをすべて妻に任せっぱなしにしていました。

私が39歳のとき、その妻が倒れます。肝臓病を患って長期入院。そのうえ責任感の強い妻は、家族に迷惑をかけていることを気に病みうつ病まで発症し、以後、入退院をくり返すようになりました。

私は、仕事の責務を果たしながら、炊事、洗濯、掃除、買い物などの家事をやり、子どもたちの面倒を見、妻の看病をすることになります。不安が募り不穏になる長男、家族と距離をおこうとする次男、さらには私を最も支えてくれていた長女の自殺未遂、そして病の高じた妻までも自殺未遂……。

家族に次々と疾風怒濤のように試練が襲いかかってきました。それらをすべて乗りきることができたのも、「運命を引き受けてがんばろう」という気持ちを持ち続け、できるだけ笑顔で向き合おうとしてきたからだと思っています。

仕事の面でも、壁にぶつかったことは何度あったかしれません。サラリーマンの常で、業績不振の部署の立て直し、子会社への出向などもありました。しかし「仕方ない、これもまたわが運命だ。潔く引き受けよう」と思うことで、を据えることができました。

苦しいとき、つらいとき、それを悲観的に考えてみたところで、何の解決にもなりません。それよりも、運命なのだから自分が引き受けざるをえないではないかと考えると、肚が据わります。自分の中で覚悟が定まることで、真摯()に事に取り組む底力のようなものが湧いてくる。

幸之助さんもご自身の体験からそういうことをよくご存じだったのでしょう。

 

社会に貢献できることは喜びである

書かれたものを読んでも、講演を聴いても、松下幸之助さんという人物は思考が楽観的です。「神経質だから悲観主義になることが多い。けれどもその奥底では楽観主義に徹している」などと言っておられたとか。

基本的に性善説の人であり、みんなに期待の眼差しを注いでいる。トップに立つ人がこういうスタンスだと、組織は間違いなく明るくなります。

幸之助さんの人生は、巷間よく知られているように、子どものころに丁稚()に出されて、満足に教育を受けられなかったり、家族が次々と亡くなって26歳で天涯孤独となってしまったり、また自身も20歳で肺尖()カタルになり、人生長くないかもしれないと思ったりというような苦難の連続でした。

それにもかかわらず、なぜこれほど伸びやかに人を信じ、物事を明るく考えることができたのでしょうか。

ふつうは、不幸が続いて厳しい環境下で育つと、シニカルなものの見方をしてしまい、素直でなくなってしまうことが多いものです。持って生まれた天性の資質もあったのでしょうが、もう1つの理由として私は、生きる目的として、仕事に使命感を持ち、社会に貢献するという考え方にたどりついていたことが大きかったのではないかと思います。

人は何のために働くのでしょうか。それは自分を成長させ、ひいては社会に何らかの貢献をするためです。たくさんのお金を得るとか、地位を得る、名誉を得るといったところには、本質的な幸せはありません。それはあくまでも自分自身の欲を()たすという部分的な快感でしかない。

しかし、人のため、世のために貢献するというところには、全人的な点から非常に大きな喜びがあります。自分が少しずつ成長し、世の中への貢献度を高められる喜びほど大きいものはほかにない。そのことをはっきりとつかんでおられたのでしょう。

「みずからの天分に生きている人は、たとえ社会的な地位や財産があろうとなかろうと、いつもいきいきと、自分の喜びはここにあるのだという自信と誇りをもって、充実した人生を送ることができると思います」(本書「人間としての成功」36ページ)

こういう哲学を持っていたから、楽観的で性善説で、いつまでも偉ぶらずに素直でいることができたのでしょう。

私は、リーダーについてよく考えます。リーダーとは常に勇気と希望を与える存在でなければいけないと思うのですが、その点幸之助さんは人間力あるリーダーそのものです。

人間力とは何かというと、上に立つだけの度量があるか、人間性があるかどうかであって、仕事のスキルではありません。人に信頼されて、人をまとめていく力のことです。

最近、企業の不祥事がよく起こるのは、社会貢献という鉄則を忘れてリーダーたちが自己の利益ばかり考えるようになってしまったからです。人間性がなく信頼もない。それは心の奥底にあるべき真摯さ、誠意が欠如しているからだと思います。

私は『ビジネスマンの父より息子への30通の手紙』(新潮文庫)で知られるキングスレイ・ウォードを敬愛していますが、その考え方の根幹にあるのは、「誠意をもって生きなさい。真摯さをもって生きなさい」という言葉です。ドラッカーも「真摯さが大切」と書いています。幸之助さんもまた然り。人間力の本質はまさに真摯さ、誠実さ、素直さです。

現在では「何のために働くか」についての哲学がなかなか共有されなくなりました。だからこそ平易な言葉で問いかけてくれる幸之助さんの本は、生きる上で、また人の上に立つ人たちの修養の書としてますます読まれるべきではないでしょうか。

 

佐々木 常夫(ささき つねお)
佐々木常夫マネージメント・リサーチ代表取締役

1944年秋田市生まれ。6歳で父を亡くし、4人兄弟の次男として母の手ひとつで育つ。1969年東大経済学部卒業、同年東レ入社。30代前半に倒産しかけた会社に出向し再建。1987年社長のスタッフとして経営企画室で経営革新プログラムを担当。1989年繊維の営業でテグス(釣り糸)の流通改革を断行。1993年プラスチック事業企画管理部長。2001年取締役経営企画室長。2003年東レ経営研究所社長。2010年同社特別顧問。2013年より佐々木常夫マネージメント・リサーチ代表取締役。著書に『会社で生きることを決めた君へ』(PHP研究所)などがある。

 

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