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辻野晃一郎・成功体験を捨てよ、世界はまるで違って見えてくる

2014年06月18日 公開

辻野晃一郎(元グーグル日本法人社長)

《PHPビジネス新書『成功体験はいらない』》

 

日本人は元来、「捨てる」ことが得意だった。

 「捨てる」といっても、古いものや過去の蓄積をやみくもにかなぐり捨てることではない。よき伝統や習慣をしっかりと踏襲しながら、不要なものを整理して手放し、新たな気持ちで心機一転スタートを切るということだ。

 そんな日本人を象徴するような儀式が、昨年(2013年)開催された。20年に1度行われる伊勢神宮の「式年遷宮」だ。私も10月に参拝させていただいた。

 日本で最高の権威と歴史をもつ伊勢神宮だが、じつは20年に1度、その社殿は新しく建て替えられている。それは飛鳥時代から、つまり1300年にわたって延々と続けられ、今回が62回目というのだから驚きである。

 遺跡や歴史のある建造物を尊び、後世のためにそれらをそのまま保存しようとする努力も重要だが、ここには、単なる保存とはまた別のかたちで伝統や文化を継承する日本人の知恵が秘められている。

 この式年遷宮によって、伊勢神宮は古代遺跡にならずに、いまなお日本文化に息づいた存在として残っているのだ。訪れるのは古を偲ぼうという「観光客」ではなく、さまざまな願いや悩みをもったその時代時代の「参拝客」だ。そして、この式年遷宮で社殿が定期的に建て替えられることで、古代の技術が延々と継承されてきた。

 私はここに、日本人の「捨てつづけるからこそ継続的に発展することができる」という知恵の原点が息づいているように感じる。

 

旧来型の大企業に期待するのは酷なこと

 だが、そんな「捨てる」ことがうまいはずの日本の様子が、おかしくなった。いたるところで、過去の重い遺産を抱え込み、捨てられないまま新たな一歩を踏み出せず、身動きがとれなくなってしまって苦しんでいるように見えるのだ。

 それを象徴しているのが、メーカーを中心とする日本の大企業である。高度経済成長期には文字どおり日本の経済発展を先頭に立って牽引してきた優良大企業の多くが、いまや過去の栄光に縛られてがんじがらめになってしまっているように思える。

 私自身、20年以上にわたってソニーという会社に勤め、その発展と凋落を目の当たりにした。だからこそ、「捨てられない」ことが、企業をどのように蝕んでいくかを身をもって体験した者として、「早く捨てて次に進むことを促す」メッセージをあらためて本書『成功体験はいらない』を通じて発信しなければならないと思った。

 東日本大震災に見舞われた2011年には、ソニー、パナソニック、シャープなどの名だたる家電企業各社が巨額の損失を計上して世の中に大きな衝撃を与えた。また、破綻したエルピーダメモリに象徴されるように、「産業のコメ」とも言われて大いに繁栄した国内半導体産業も風前の灯だ。ほかの産業にとっても、これらは決して他人事や対岸の火事ではない。今後、どんな著名企業、老舗優良企業の業績悪化のニュースが流れても不思議ではないくらい、ここ数年のあいだにも世の中の競争環境は激変している。

 ところで、家電企業の業績悪化のニュースが流れると、古巣ということもあるのだろうが、経済誌やテレビ局から取材の申し込みを受けることがしばしばある。質問は決まって、「ソニー復活の処方箋を教えてください」とか、「国内家電各社は再生に向けてこれからどうしたらいいのでしょう?」といったテーマだ。

 私はそのたびに、記者のみなさんに逆に質問する。「あなたはなぜ、そのような企業が復活する必要があると思うのか?」と。

 現在の凋落が異常事態で、復活するのが当然、と考えているせいか、そのような質問をすると、「そう聞かれると困りますねぇ」と、しばし詰まってしまう記者も多い。私の考えは、すでに時代の流れに追随できなくなって、世の中に新しい価値を提供できなくなった企業はむしろ自然に淘汰されたほうがよい、というものだ。

 こう言い放つと、ずいぶん乱暴で失礼な言い方に聞こえるかもしれないが、考えてみてほしい。たとえば、ソニーが設立されたのは1946年だから、今年で68歳である。人間であればとうに定年退職を迎えて余生を過ごしている年齢だ。パナソニックにいたっては、もうすぐ100歳を迎えようというご長寿だ。

 べつにこうした企業を老人扱いして、排除しようということではない。

 私が言いたいのは、こうした「高齢企業」にばかり期待して、やれ「復活」だの「再生」だのと周囲が煽るのは酷であり、むしろ失礼なのではないか、ということなのだ。

 これら企業はすでに戦後の日本の経済発展に多大なる貢献をしてきた。日本の進むべき方向やビジョンを示し、豊かさを実現し、世界に日本ブランドのすばらしさを知らしめ、他国の経済成長にも著しい貢献を果たしてきた。そういった意味では、もうその役割を十二分に果たし終えた存在であるともいえる。

 それなのに「もっとがんばれ。引きつづき日本経済の牽引役になれ」と言うのは、まさにご老体にむち打つようなことではないだろうか。

 つまり、大企業が古い発想やスタイルを捨てられずに苦しむ一方で、マスコミ、そして多くの日本人もまた、古い考え方を捨てきれていないように感じる。今後もいままでの大企業が日本を引っ張っていくべきだ、あんな大企業がつぶれるはずはない、といった古い観念から、いまだ多くの日本人が抜け出せていないのではないかと感じるのである。

 セールスフォース・ドットコム創業者のマーク・ベニオフ氏と話した際、彼が日本についてこう言ったことがある。

 「日本の経営者と話すとよく、日本には起業家のカルチャーがないという話を聞く。しかし、私はそれが真実ではないと思っている。楽天の三木谷浩史社長は起業家ではないのだろうか。グリーの田中良和社長は、ファーストリテイリングの柳井正社長はどうだろう。盛田昭夫さんは、もっとも偉大な起業家の1人だった。日本には起業家精神がないというよりは、起業家たちが高い評価を受けていないとするほうが正確かもしれない。では、それはなぜだろう。答えはシンプルだ。彼らは既成概念を覆すからだ」

 彼が言うとおり、古い観念やスタイルを捨てて、既成概念を覆すような取り組みをする人たちを尊重する風土の育成こそが、わが国にとっての急務なのである。

 

意思決定と行動のスピードを取り戻す

 私はグーグルという「クラウド・コンピューティングのいまと未来を構築する会社」に勤め、内部から体験することで、そのすさまじさを肌で感じ取ることができた。インターネットのなかにボーダレスな地球がもう1つできあがっているような時代には、「クラウドのリアルタイム性」がキーワードになっている。

 あらゆることが瞬時に世界へ伝播し、平準化され、ネットがなかった時代には他人事だったことが、たちどころに自分事になるような時代にわれわれは生きている。グーグルはそういった時代の本質を誰よりもよく理解し、あっという間に世界を席巻する存在に昇りつめた。それは、彼らの意思決定と行動のスピードが圧倒的に速いからだ。

 東日本大震災から約1年たったころ、被災地を訪れた。そこで私が見たものは、遅々として復興が進まず、瓦礫や廃車が積み重なり、倒壊した建物や押し流された船などがそのまま横たわる光景だった。

 震災は、まぎれもなく天災である。だが、その復興が進まないことは人災だ。ここ20年あまりにわたって劣化しつづけてきた日本の姿が、このようなかたちでも表面化しているのだと感じた。

 復興が遅れているのは、これほどの非常事態においてすらスピードのある意思決定と行動がとれない国になっているからだ。責任回避の姿勢も目立つ。高度成長期にはあれだけ毅然とし、俊敏で活発だった日本の行動力が衰えている。

 意思決定と行動のスピードをすぐに取り戻さなければならない。

 

「捨てた」からこそ見えてきた世界

 ソニーを辞めた2006年、生まれ故郷の福岡にある宗像大社で引いたおみくじに、「古きを捨てて新しきにつくがよい あまり1つの物にとらわれて役にも立たぬことを思ってはだめです 元気を出して捨てるべきは捨て進む所へ進め」という言葉があり、それはその後の私のあらゆる行動の原点となった。

 そして、あとから思えば、そのときの「古きを捨てて新しきにつくがよい」というご神託は、私個人に対するものであったと同時に、日本という国家全体に対するものでもあったような気がする。

 2013年から潮目が変わり、企業業績も好転して、経済も回復基調にあるとはいえ、日本をもっともっと元気にしたい。だが、何をどうしていいかわからない。仕事はがんばっている。しかし結果がなかなか出ない。組織のしがらみに縛られ、身動きがとれない。新しいことをやりたいが、何をどうしたらいいのかわからない……。

 私がこの本を書いたのは、そうした人たちに新たなチャレンジを促すためだ。若い人たちには、もっともっと思いっきり冒険しよう、と言いたい。

 かつて、人のやらないことを誰よりも先にやっていた開拓者精神旺盛なころのソニーは「モルモット」と呼ばれた。

 これからは、20世紀の延長線上で発想したり行動したりするのではなく、21世紀の新しいスタイルを生み出しながら、チャレンジをやり遂げていく開拓者精神が求められているのだ。

 本来、チャレンジは楽しい。そしてそれは、ちょっとした知恵と勇気があれば思ったよりも容易に始められるものだ。

 その第一歩となるのが、いま、大事に抱え込んでいるものを思いきって「捨てる」という行為だ。私は20年以上働いてきたソニーという会社を退社した。それは苦渋の決断でもあった。だが、そのおかげでグーグルという会社と出会い、クラウド・コンピューティングの最先端にふれることができた。また、そこで新たに出会った多くの仲間たちとのつながりは、いまでも宝物だ。

 またその後、「日本を世界に発信するプラットフォーマーになる」という理念のもと、自分で起業して、「21世紀の新しいスタイルで日本発のグローバルカンパニーをつくる」という夢を実現するためのチャレンジを開始した。どれもこれも、あのとき私がソニーを辞める決断をしたからこそ得られたものである。

 べつに読者に「いますぐ会社を辞めろ」と言っているのではない。本質は、自分の人生を要所要所でリセットして、捨てるべきものを思いきって捨てていくことが人生を転換させることにつながる、ということだ。われわれの周囲は、時代遅れの常識や、思考法や、ビジネスモデルや、組織のスタイルで満ちている。そうした身のまわりの古いしがらみを捨てるだけで、世界はまるで違って見えてくるはずだ。

 

<書籍紹介>

成功体験はいらない
しがらみを捨てると世界の変化が見える

辻野晃一郎 著

世界への飛躍をめざす日本人に必須なのは「捨てる力」。ソニーを経てグーグルのトップを務めた著者が語る新しいビジネスルール。

 

<著者紹介>

辻野晃一郎

(つじの・こういちろう)

アレックス〔株〕代表取締役社長兼CEO、元グーグル日本法人代表取締役社長

1957年福岡県生まれ。慶応義塾大学大学院工学研究科修了、カリフォルニア工科大学大学院電気工学科を修了。ソニーでVAIO、デジタルTV、ホームビデオ、パーソナルオーディオなどのカンパニープレジデントを歴任したのち、2006年3月にソニーを退社。翌年グーグルに入社し、その後、グーグル日本法人社長に就任。2010年4月に退社後、アレックス株を創業。グローバルスケールの人材育成や日本発のビジネス支援を続ける。

また2011年6月よりKLab〔株〕社外取締役、2012年4月より早稲田大学商学学術院客員教授、6月より〔株〕AOI Pro.社外取締役、2013年10月よりIT総合戦略本部 規制制度改革分科会構成員も務める。著書に、『グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた』(新潮文庫)がある。

 

 



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