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冨山和彦「なぜローカル経済から日本は甦るのか」

2014年07月31日 公開

冨山和彦 (経営共創基盤〈IGPI〉代表取締役CEO)

ローカル

労働力消滅?今、かつてないパラダイムシフトが起こっている。景気が良いと人手が不足し、景気が悪いと人手が余る。

これが今までの経済学の常識である。メディアでも「景気回復による人手不足」というフレーズが一般化している。現在日本が直面している深刻な人手不足は、アベノミクスによる景気回復によって引き起こされたというイメージが強い。

たしかに、製造業を中心としたグローバルマーケットに直結する産業では、過去最高益を更新するなど回復が鮮明になっている。そこで人手不足が起こるのが、経済学的にはロジカルな現象だが、実際は製造業ではいまだに雇用の過剰感がある。

また、円安によって一部の人たちが期待していたような貿易収支の改善は起きず、むしろ貿易赤字が急増している。

その一方で、日本の産業の大半を占めるサービス産業では、高額品を扱っている百貨店などを除くと、まだ必ずしも景気が回復したとは言い難い。全体としては、少子高齢化による人口減で市場はシュリンクしていて、長期的傾向を見れば売り上げ、利益ともに減少傾向なのは変わっていない。

ところが日銀の発表しているサ-ビス物価指数は上昇に転じ、サービス産業従事者に多いパートタイムの時給は猛烈な勢いで上昇している。この上昇率は、大企業の正社員の賃金を巡って政労使で大騒ぎをして決着したベアのパーセントとは、まったく比較にならないほど急激だ。

これまでの経済学の常識は、必ずしも正しくなくなってきている。我が国の労働市場で、かつてないほどの劇的なパラダイムシフトが起こっているからだ。

2014年3月下旬、居酒屋など飲食チェーンを経営するワタミが、全店のおよそ1割に当たる60店を閉鎖すると発表した。その理由は、慢性的な人手不足による従業員の労働環境の悪化だという。

それに伴い、顧客に対するサービスの質の低下が懸念されたことも考えられる。ワタミは2014年4月入社の新卒採用計画を240人としていたが、確保できたのは半数の120人だった。パート・アルバイトの採用も計画通りには進まず、桑原豊社長が決断した。

同じ飲食店で、一時100店舗以上の一時休業や時間帯休業に追い込まれたのが「すき家」を展開するゼンショーホールディングスだ。店舗数を拡大し続けてきた「すき家」も、アルバイトの確保が難しくなったため、営業時間を短縮して乗り切ろうとしている。

小売業界でも人手不足は深刻だ。カジュアル衣料販売業の「ユニクロ」を運営するファーストリティリングが、パート・アルバイト合計約3万人の半数以上に当たる1万6000人を正社員化すると発表した。

「部下は部品ではない」

会長兼社長の柳井正氏はそう語り、パートやアルバイトを長期間にわたって働くことのできる地域限定正社員にしよう、と号令をかけた。

この手の話題を引き合いに、人手不足が深刻化しているという報道が相次いでいる。それが事実であることは間違いないが、これが今に始まったものではないということを知る人は少ない。地方のサービス産業の労働市場においては、5年ほど前からこの傾向が表れていたのだ。

この劇的なパラダイムシフト(図)は、おそらく人類史上初めてのことであり、世界空前の変わり方と言っても差し支えない。過去の人類史においても、疫病や戦争で人口が大きく減少するという現象は起きている。

しかし、急激な少子高齢化に起因する人口減少は、生産労働人口の減少が先行する一方で、総需要は20年近いギャップ(平均寿命と退職年齢との差分)で後追い的に減少する。

製造業のような「モノ」の市場では、海外でも生産できるが、「コト」(運ぶこと、介護すること、便利であること、泊まること……)を提供しているサービス産業の大半は供給者が顧客の近くにいなければならず、しかも労働集約的である。

そのため、この20年分のギャップの部分に構造的な人手不足が生じる。こうした要因による労働力不足というのは、おそらく人類が経験したことのない現象ではないか。そもそもこんなに人間が長生きした時代は、過去には一度もないのだから。

人類史上初めての状況であれば、これまでの常識からは想像できない事態が起こっても不思議ではない。地方経済の現場では、売上高が前年比横這いかマイナスであるにもかかわらず、人手が猛烈に足りないという現象が起こっているのだ。これをマスコミに伝えても、うまく理解できる人は少ない。

「冨山さん、景気が悪いのに人が足りないってどういうことですか」
「シャッター街になっているのに、人が余っていないなんておかしいですよ」

景気が悪いこと、その結果として商店街がシャッター街になることと、人手が足りなくなるという問題はまったく違う次元の話である。このことが理解できないのは、多くの人の頭のなかが2つの世界観に縛られているからだ。

1つは、高度経済成長期に急激に需要が増えたため、供給を増やそうとして人手が足りなくなった世界である。もう1つは、バブル崩壊により急激に需要が落ち込み、供給を調整する過程で人手が余った世界だ。

現在、いや少なくとも今後数十年の間、私たちが直面し続ける状況は、どちらにも当たらない。GDPや企業の売り上げが緩やかに減少していくなかで、極度の人手不足が起こっているということになる。産業革命以降、労働力の逼迫が経済の規模を決めるうえで最大の要因になることはなかった。

ケインズが現れて以降の大半の時期は、世界では供給過剰と需要不足、すなわち常に労働力が余っている状況が続いた。したがって経済政策のテーマの一側面は、余剰労働力に見合う需要を創出するにはどうしたらいいか、ということに収れんした。

これに対して新古典派の議論は、長期的には供給過剰(その裏返しで供給不足も)は市場プレイヤーの合理的選択で解消すると考える。だから政府の介入は最小化して自由な競争を促してイノベーションを誘発し、供給サイドの生産性を高めることが、長期持続的な経済成長において重要だと主張してきた。

しかし、今や日本経済の約7割を占めるサービス産業まわりの経済圏では、相対的な需要は十分にある一方で、供給不足も容易には解消しないのである。

もちろん、一気に大量の移民、それも非高度人材を受け入れて労働力供給を増やすという、政治的・社会的に極めてハードルが高くリスクも大きい選択(したがって多くの先進国で、既にかなり強烈なブレーキがかかっている選択)をすれば、この状況からは良くも悪くも脱却できるが、私にはそれは政治的に実現可能な選択肢とも、また国民福利にとって適切な選択肢とも思えない。

結局、ケインズ派からも新古典派政策からも、解を見出しにくい状況が続くのである。現時点で、ヨーロッパでは基本的にまだ人は余っている。おそらくあと10年はこれまでの日本に近い状態が続くだろう。中国も同様だ。

これは少子高齢化が世界最速で進む日本だけで起っている現象で、日本は世界で最も人が余っていた国から、ごくわずかな期間のうちに世界で最も人が足りない国に変わったのである。

課題先進国と呼ばれる日本に続いて、いずれ多くの国も人余りの状況から劇的に人が足りなくなる状況に必ず移行する。現在は急激に成長を続ける中国でも、おそらくあと30年もすると現在の日本のようなことが起こる。日本は、この問題にどう対峙するのか。世界からの注目が集まっている。

 

<<次ページ>>この人類史上初の少子高齢化起因による人手不足は、

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