高城剛の未来予測・「オミックス医療」の時代が来る
2014年12月01日 公開 2024年12月16日 更新
《『2035年の世界』より》
2035年の世界
これから20年の間に、人類は体験したことがない大きな変化に直面することになる。その最たることは、人類はもしかしたら「死ななくなる」かもしれないということだ。
医学の発展により、なかでも遺伝子工学によって、人類は死ななくなる、もしくは信じられないほどの長寿になることは、間違いない。21世紀に入り、所得の二極化が世界中で騒がれているが、20年後には「死なない人々、もしくは考えられないくらい長寿な人々」と「そうではない人々」に、大きく二極化される世界がやってくるだろう。
それが幸か不幸かはさておき、秦の始皇帝が夢見た不老不死の地と呼ばれた「蓬萊」にある「不老長寿の秘薬」が、いま誰でも手に届くところにある時代に、我々は生きている。あとは、それなりに自己の「筐体」を大切に使っていれば、驚くほど誰もが長寿になり、だが一方、最新テクノロジーに触れることができない者は、短命になるだろう。それは、まるでコンピュータやインターネットを上手に扱える人々と、そうでない人々の違いのように。
それと同じく、多くの仕事がロボットに置き換えられ、人間とはいったいなんなのだろうか? と人々は考えるようになり、また多くのアーティストがそれをテーマに創作活動をはじめるようになるだろう。すでに21世紀初頭の音楽がダウンロードになって、ライブやフェスの価値があがったように、人として「生」の価値は高まるだろう。さらには、新しい死生観を伴った宗教や哲学も流行ると思われる。
本書『2035年の世界』は、およそ8から9年に一度出版している私見的な未来予測の本である。1997年に、2地点居住やキーボードがないコンピュータの未来、そしてサーバーを制する者が世界を制すると説いた『デジタル日本人』(講談社刊、現在絶版)を上梓してから不定期に刊行している、極めて私的な未来予測の本であり、未来への糸口を多くの読者につかんでいただきたい1冊である。日々、仕事をしながら世界を放浪し、行く先々で最先端の研究機関に出むき、そこで出会った研究者や学者との話のなかから感じた未来のキーワードを、本書の100項目にまとめた。科学書ともノンフィクションとも違う、私的な直感と妄想のなかから、2035年の未来を描いたつもりだ。この先に待ち受ける世界を恐れながら、時には笑いながら、楽しみながら未来へのヒントをつかんでいただけたら幸いである。
★100のキーワードは、(1)身体科学(2)科学)(3)移動(4)スタイル(5)リスク(6)政治(7)経済(8)環境に分けて掲載しています。ここでは、「身体科学」から2項目をご紹介します。
<04>なんでも遺伝子……人間の体質を決定づけるもの
遺伝子によって、人間の体質や適性はほぼ決まっている。それを無理やり変えることはできない。大切なのは自分の遺伝子を把握して、それに合わせた方法を探ること。ダイエットやスポーツなど、何を始める場合でも、まず遺伝子を調べることが先決だ。
ダイエットを決意したら、まず何から手をつけるべきだろうか。
食事のカロリー計算をしたり、スポーツクラブに入会する?
そんなことは後回しでいい。何を差し置いても真っ先にやるべきなのは、遺伝子検査である。
じつは人間の体質は、遺伝子によって決まっている。糖質に弱くて甘いものを食べるとすぐ太る体質の人がいれば、甘いものは平気だが、脂っこいものを食べると脂肪がつくという人もいる。遺伝子によって体質は一人一人違うのだから、ダイエットや運動もそれに合わせたほうがいい。遺伝子検査なしでやみくもにダイエットしても効果的ではない。
たまに「生活習慣を変えて体質を改善する」という人がいるが、あれは幻想だ。遺伝子によって決定された体質は、生まれてから死ぬまで基本的に変わらない。瘦せたければ、体質を変えるのではなく、体質に合わせるべきなのだ。
遺伝子検査によってわかるのは、最適なダイエット法ばかりではない。たとえば遺伝子を調べれば、自分に向いている職業やスポーツがわかる時代が到来する。
社会主義国のキューバでは、筋肉の質で幼い選手を選り分けている。速筋や遅筋の割合をみながら選手を育成し、野球やオリンピックで良い成績を収めることに成功している。筋肉は瞬発力と有酸素運動能力しか判別できないが、遺伝子なら、「この子はバランス感覚がいい可能性が高いからバレリーナがいい」「動体視力に優れているから卓球をやらせよう」と、もっと細かく判定できることになる。
このように今後は何を始めるにしても、まず遺伝子を調べて個々の適性を把握するところからスタートする時代になる。たとえば向いている勉強方法がわかるかもしれないし、どのような性格の人とうまくやれるのかといったことも遺伝子検査でわかるようになるはずだ。一方、過信は禁物なのは言うまでもなく、また、後天的環境も影響するのは言うまでもなく、さらに、人間性を損なうような行動は慎むべきだと思うが(精神性は遺伝子より後天的比重が高い)、ヘタな占いやコンサルティングより、ずっと頼りになるだろう。なぜなら、自分が抱え持つ「世界にひとつだけ」のDNAだからだ。
<05>未病とオミックス医療……私だけの予防法、あなただけの治療法
遺伝子検査で、将来、自分がかかる病気もわかる。現在は健康でも潜在的に病気を抱えている状態を「未病」といい、今後は未病への対応が医療の中心になる。そこでも「オミックス」と呼ばれる遺伝子情報をもとに一人一人に最適化した医療が行われることになる
これからなんでも遺伝子検査から始まる時代になるが、なかでも期待が高いのは医療分野だ。遺伝子を調べることによって自分が将来、どのような病気になるのかを知り、さらに自分の体質に合わせて予防や治療を行うことになる。
遺伝子で自分が将来かかる病気を調べるサービスは、すでに米国で一般化しはじめ、「23andMe」というベンチャー企業は、唾液から遺伝子を分析して特定の病気にかかるリスクを調べるパーソナル・ゲノム・サービスを2006年から提供している。チェックできるのは、糖尿病や筋ジストロフィー、アルツハイマー病など計254項目。価格が200ドルと格段に安く、すでに全世界で50万人以上の人が利用している。残念ながら精度の問題を当局に指摘されて、2014年現在は検査キットの販売を一時停止しているが、技術的な問題はクリアできるはずで、いずれ大々的に再開されるだろう。日本でも2014年に入ると、いくつかの企業で本格サービスが開始された。では、将来、自分がかかる病気がわかったらどうすればいいのだろうか。東洋医学では、現時点では健康だが、潜在的に病気を抱えている状態のことを「未病」という。現在の医療は発病を防ぐ「予防」と発病した後の「治療」が中心だが、これからは未病に対しての中間的な予防・治療が重要な時代になる。
もちろんそこで活躍するのは遺伝子だ。遺伝子によって効果的なダイエット方法が異なるように、遺伝子によって効果的な未病対策も一人一人異なる。たとえば遺伝子情報から最適な薬を配合して自分だけの薬をつくり、発病のリスクを減らすことができる。漢方では昔から行われていることだが、遺伝子情報を元に、それを科学的に行うわけだ。また、これらのデータはアーカイブ化され、共有の情報から今後の予測が下される場合も少なくないだろう。
このように遺伝子情報を元にした医療を「オミックス」という。各国で医療費の増大が問題になっている現状を考えると、いずれ国もオミックスを推奨し始めるだろう。おそらく2035年には、国から補助が出て誰でも無料、もしくは安価で遺伝子検査を受けられる時代になっていると考えられる。なぜなら、そのほうが結果的に安くつくからだ。障害になるのは、多くの人が病気にかかったほうが儲かる既存の医療機関および製薬会社ということになるだろう。
<著者紹介>
高城 剛
(たかしろ・つよし)
クリエイター、執筆家、DJ
1964年、東京都葛飾区柴又生まれ。日本大学芸術学部在学中に「東京国際ビデオビエンナーレ」でグランプリを受賞。その後、メディアを超えたクリエイターとして横断的に活動。六本木ヒルズのCMやルイ・ヴィトンのアニメーション映像制作をはじめ、ナイキ・エアマックス、ソニー・AIBOなどの話題の商品の立ち上げにも携わる。現在、コミュニケーション戦略と次世代テクノロジーを専門に、創造産業全般にわたって活躍している。
著書に『世界はすでに破綻しているのか?』(集英社)、『グレーな本』(講談社)、『時代を生きる力』(マガジンハウス)、『モノを捨てよ世界へ出よう』(宝島社)、また、電子書籍として『白本』『黒本』『青本』などがある。