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コーヒーや牛乳は水溶液? 物質を溶かす水の不思議な力

左巻健男(法政大学生命科学部教授)

2016年08月03日 公開 2022年11月09日 更新

コーヒーや牛乳は水溶液? 物質を溶かす水の不思議な力

PHP文庫『面白くて眠れなくなる理科』より
※当記事は2013年8月22日に掲載したものです。

 

シンプルだけど奥深い理科のはなし

物質を溶かす水の能力

 地球を覆っている水は「生命の母」といわれます。地球が誕生してから6億年ほど経った頃、つまり約40億年前に、海で生命が誕生したと考えられています。

 生命の材料になるアミノ酸などがどこでできて海に運び込まれたかについては、地表から、海底から、そして地球外からと諸説があります。海の中でアミノ酸同士が互いに反応して、次第にタンパク質に似た化合物をつくっていきました。そして、ついには自己複製ができる能力を持つ生命が誕生したのではないかというのです。

 水が生命の母であることの大きな理由の1つは「非常に多くの種類の物質を溶かす性質を持っていること」。それが生命誕生に寄与していると考えるからです。

 私たちのからだのすみずみまで流れている血液は、栄養分や酸素を水に溶かしてさまざまな細胞に運び、不要になった物質を水に溶かして体外に持ち出す役目を果たしています。

 溶けること(溶解)は自然現象の中で大きな役目を果たしており、人間の生活と生産の中でも、さまざまな形で利用されています。

 家庭生活における「溶解」の大きな利用の1つは、食物の味つけに食塩や砂糖を使うことです。食塩や砂糖が水に溶けなければ、辛い、甘いなどの味は感じられません。漬け物に食塩を使うのは、水に溶けた食塩が微生物の繁殖や植物の組織に及ぼす微妙な働きを利用しています。また、着物や服のえりなどの汚れをベンジンでふき取るのは、からだから出る皮脂がベンジンに溶けることを利用しています。

 

砂糖を水に溶かして考える

 溶ける物質として、まず砂糖を材料に選びましょう。溶かす物質としては水にします。

 もともと、砂糖はサトウキビの茎やサトウダイコン(ビート)の根の汁に含まれています。どんな植物も栄養分として糖類を体内でつくりますが、サトウキビやサトウダイコンはショ糖という糖をたくさんつくるように品種改良された栽培植物です。

 製糖工場では砂糖が溶けこんだ液をしぼり、煮つめ、不純物を取り除いて、純白の砂糖の結晶をつくっています。特別に大きな結晶にしたのが氷砂糖です。

 ガラスのコップに氷砂糖の結晶を1つか2つ入れ、水を注いでコップを静かに置きます。氷砂糖が溶けていく様子を、光に透かしてじっと観察してみましょう。

 結晶の表面に近い水が、ゆらゆらとかげろうのように動きます。結晶の表面に砂糖の濃い溶液ができるからです。このように濃度が不均一で屈折率が変わることでそのように見えることを「シュリーレン現象」といいます。

 氷砂糖が水に溶けて小さくなるまでには、ずいぶん時間がかかります。お湯を使えば溶け方はずっと早くなります。かちかちに固まった氷砂糖も、1晩置けばすっかり溶けてしまいます。

 次に、別のコップに角砂糖を1つ入れて、同じことをしてみましょう。角砂糖は砂糖の細かい結晶を寄せ集めたものです。同量の1グラムでも、水に触れる表面の面積は角砂糖のほうが氷砂糖よりはるかに大きいので、溶け方はずっと早くなります。

 虫眼鏡で観察してみると、コップの中の角砂糖が水に溶ける様子は、まるで高層建築が崩れ落ちるのをスローモーション・フィルムで見るような壮観さです。

 それにしても、結晶になっていた砂糖はどこへ行ってしまうのでしょうか?

 姿が見えなくなっても砂糖水の中に砂糖はあるはずです。溶ける前には、結晶の姿をしていた砂糖は、水に溶けて見えなくなってから、溶液の中でどんな姿をしているのでしょうか?

 最後に砂糖は消え失せて、透き通った砂糖水ができます。砂糖の姿は見えなくなり、無色透明の液になるのです。このとき「砂糖は水に溶けた」といいます。できた砂糖水は正式には「砂糖水溶液」といいます。もっと正式には「ショ糖水溶液」といいます。食塩を水に溶かしたものは「食塩水溶液」です。

 砂糖水溶液や食塩水溶液は、熱して水を蒸発させると、水に溶けていた砂糖や食塩が出てきます。

 水に砂糖を溶かしたとき、見えなくなったからといって砂糖はなくなってしまったわけではありません。水100グラムに砂糖10グラムを入れれば、砂糖の姿は見えなくなっても110グラムの水溶液になり、甘い味があります。

 水に溶けると溶けたものの姿形が見えなくなっても、水の中にはちゃんと存在しているのです。

 砂糖はショ糖分子という非常に小さな粒子からできています。同様に、水は水分子からできています。分子1個1個はとても小さいので目に見えませんが、膨大な数が集まると目に見えるようになります。砂糖の固まりや液体の水は、分子がとてもたくさん集まったものです。

 水に砂糖を入れると、水分子によってショ糖分子が引き離されて、水の中に散らばっていきます。目に見えなくなったのは、ショ糖分子が1個1個ばらばらになっているからです。

 それでは、砂糖が全部溶けてできた砂糖水の表面近くと底近くでは、砂糖水の濃度は違うのでしょうか?

 砂糖水でも食塩水でも、全部が溶けていればどこも同じ濃度です。結晶をつくっていた砂糖の分子や塩化ナトリウムのイオンは、水分子と一緒になって水溶液中にばらばらに散らばるだけではなくて、水分子と一緒に運動しています。そこで、どこも濃度が均一になります。

 砂糖を入れてコーヒーを飲むときに底のほうが甘く感じるのは、溶け切れていない砂糖が残っていて底にたまっているからです。

 こうして、水に物質が溶けてできた水溶液は、透明(無色透明と有色透明)、溶かす前後で全体の重さは同じ、濃度は均一ということになります。

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にごった液は物が溶けている?

著者紹介

左巻健男(さまき・たけお)

法政大学生命科学部環境応用化学科教授

1949年生まれ。栃木県出身。千葉大学教育学部卒業。東京学芸大学大学院修士課程修了(物理化学・科学教育)。中学二高校の教諭を26年間務めた後、京都工芸繊維大学アドミッションセンター教授を経て2004年から同志社女子大学教授。2008年より現職。
『面白くて眠れなくなる物理』『面白くて眠れなくなる化学』『面白くて眠れなくなる地学』『よくわかる元素図鑑』(以上、PHPエディターズ・グループ)、『頭がよくなる1分実験[物理の基本]』(PHPサイエンスワールド新書)、『大人のやりなおし中学化学』(ソフトバンククリエイティブ)、『新しい高校化学の教科書』『新しい高校物理の教科書』(以上、講談社ブルーバックス)、『水はなんにも知らないよ』(ディスカヴアー携書)など編著書多数。

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