<鼎談>是枝裕和 × 西川美和 × 砂田麻美~世界といまを考える
2015年06月04日 公開 2023年02月02日 更新
前提や制約があってこそ広がる世界
是枝 西川は僕よりずっと作家だと思うね。僕はたぶんディレクターだから。
西川 ディレクターと作家はどう違うんですか。
是枝 西川が書いた小説を読んで、「ああ、小説家だな」と思ったの。
西川 お、うれしい(笑)。読んでくださってるんですね。
是枝 読んでるよ。僕は映画だと意外と作品で文体を変えていくんだけど、逆に自分のなかにそんなに明快に文体がないと思うわけ。だから自分が作家だと思っていなくて、西川は僕よりも色濃く作家の血が流れているという気がする。強くて鋼のような。
西川 いいことかどうかはわかりませんが。
是枝 いや、いいことですよ。僕は作家よりも職業監督への色気があるんだよね。それが向いているかどうかはともかくとして。
西川 私は、私の文体といっていいかどうかわからないですが、映画においても自分の文体から逃れられない。それ以上はできないからやらないというところがあるんですが、監督はいろんな題材に手を出しますよね。
是枝 出すね。
西川 やってみたいという欲も強いから、「こういう役者でやりませんか」といわれたら手を出しちゃう。
砂田 引き出しがたくさんある。
是枝 引き出しがあるかどうかはともかくとして、つまりミーハーなんだよ。
西川 でも、結局は自分のものにされていくので、私とはぜんぜん違うなと。
是枝 『奇跡』(*3)をやったときに思ったんだけど、「新幹線」というお題を渡されて、やってみたら意外とおもしろかったんだよね。それで、僕はお題があったほうがうまくいくのかもしれないと思ったわけ。そうしたら次は「福山雅治さんを撮りませんか」というオファーがあったの。新幹線と並べるのはたいへん失礼で申し訳ないけれど、「新幹線」というものをどうモチーフとして呑み込みながら映画にしていくかという作業と、「福山雅治」という存在を受け止め、彼をどう映画のなかで生かしていくかというアプローチの仕方は、僕にとってはそんなに違わないわけ。
砂田 ある種、前提や制約があると、思いもかけない広がりが出てくるということですか?
是枝 「何でも好きに物語つくっていいよ」といわれるよりも、福山さんを前提に、たとえばどういう父親像ならあり得るかということを考えていったほうが楽しいし、意外とうまくいく。彼との出会いは自分を別のステージに運んでくれた、という印象を持っている。
西川 なんとなくわかります。私もたまにCMをやるときに、お題があるとすごく楽しめるから。
是枝 楽しいよね。『海街diary』は、そういう意味でいうと、福山さんの延長線上でやっているんだけど、原作が比較的自分の世界観に近かったから苦しかった。まったく自分が日ごろ読んでいないマンガであれば、違うアプローチの仕方もあったかもしれないけど……。
西川 ドライになり切れず。
是枝 うん、最初は苦しみました。
砂田 でも、その制約や制限を自分のものに変えていくという部分が、私が是枝監督のもっとも尊敬している部分なんです。モノをつくる人にとってはそれがいちばん難しくて対立する部分だと思うんだけど、どれも軽々超えていく。
是枝 軽々超えてないよ。そんなこといったら、みんな怒っちゃうよ(笑)
砂田 いや、それはスタッフィングも含めてですが……。「新幹線」とか「福山雅治」なんて、ものすごく大きなお題なわけじゃないですか。そういうものを与えられたときに、対立するのではなく、どんどんポジティブなほうに自分のほうに引き寄せていくという、その才能がすごいなと。
西川 そんなこといったら、砂っちが2作目『夢と狂気の王国』(*4)で描いた「ジブリ」だって、ものすごく大きなお題じゃない?
砂田 あ、そうですね。
西川 私は砂田はいけると思うよ、お題。
是枝 俺が今度、お題を出してやるよ。
砂田 そう来たか……(笑)。
是枝 三題噺。「これとこれとこれで脚本書いてみ」ってやったら、意外といけるんじゃないか? けっこう1週間ですごいもの書いてきたりして。
西川 砂っちも誰かから放り投げられたほうがいいかもね。やはり「わたくし」に向き合うばかりではつらくなるから。
砂田 うん、つらい。
西川 たかが知れてるし。
砂田 確かに。そういうことをどんどんしていかなきゃいけないんだな。
西川 砂っちは「していかなきゃ」というよりも、「楽しく」できると思うよ。
砂田 でも、「これで」とかいわれることを想像するだけで恐怖心が立っちゃう。
是枝 今度、本当にお題を出してやってみようよ。
西川 みんなでやりますか。ひとりひとつずつ出し合って。
是枝 で、意外と砂田がいちばんうまいんだよな……。
西川 そうなんですよ。絶対うまいですよね。
是枝 「芝浜」(*5)みたいな傑作ができるかもしれない。
砂田 じゃ、2015年はそういう方向でいくということで(笑)。
《PHP文庫『世界といまを考える1』より抜粋》