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<『PHP松下幸之助塾』連載>リスクを迎え討つ男―佐治敬三の巻

北康利(作家)

2015年08月04日 公開 2022年07月11日 更新

 

<短期集中連載>リスクを迎え討つ男

「努めて難関を歩め」

 僕は努めて難関を歩け、ということを言ってきた。
 ある目標に達する時にイージーゴーイングをすれば、すぐに達せられる道がある。
 これは経済学の教えである。
 けれど僕は、努めて難関を歩けということを言って、経済学の原理とは反対の行動をとってきた。
 なぜかといえば人間の目標は、ここにあるのではない。その先の先にある。
 イージーゴーイングをやって、ここにきた人は、ここまでは難関を歩いてきた人と一緒であるが、この先にまだ難関がある。その時には、もう登れない。

(「出光佐三の言葉」出光興産HPより)

 

連載をはじめるにあたって

 みなさんは「わらしべ長者」という昔話をご存じだろうか。

 昔、ある一人の貧乏な若者がいた。なんとか豊かになりたいと観音様に願をかけたところ、

 「初めに触ったものを、大事に持って旅に出ろ」

 とお告げをもらった。ところが彼は寺のお堂から出たとたん、石につまずいて転び、最初に手にしたのは何と1本のわら(わらしべ)であった。

 若者はがっかりしたが、そのまま手に持っていくことにした。

 アブが飛びまわってうるさいので、それを捕まえてわらに結んで飛ばしていると、そばで大泣きしていた男の子が面白がり、欲しいとむずかった。子どもの母親が手にしていたみかんと交換して欲しいと言うので、若者は気持ちよく交換してやる。

 さらに行くと、喉の渇きに苦しんでいる商人がいた。彼は若者が持っていたみかんを欲しがり、持っていた上等な反物を代わりにくれた。次に彼は、乗っていた馬が倒れてしまい、家来に馬の始末を命じている武士に出会った。若者はその馬がかわいそうになり、反物と交換する。

 そして馬に水を飲ませてやったところ、馬は元気を取り戻して立ち上がった。若者は馬に乗り、旅を続けた。

 やがて大きな屋敷に行き当たった。ちょうど旅に出かけようとしていた屋敷の主人は、若者に留守を頼み、代わりに馬を借りたいと言う。そしてもし3年以内に自分が帰ってこなかったら、この屋敷を譲ろうと言い出した。若者は承諾し、その屋敷を預かることにした。

 ところが3年待っても5年待っても彼は帰ってこない。ついに若者は屋敷の主人となり、望みどおりの裕福な暮らしを手にすることができた。

 

 これが、いわゆる「わらしべ長者」のおおまかなストーリーである。

 日本人はこうした成功譚が大好きだ。そのポイントは“ノーリスク・ハイリターン”。成功を夢見ながらも、リスクはとりたくないのだ。

 実際、日本人ほどリスクを回避することに長じている国民はいない。「備えよ常に」を座右の銘とし、旱害に備えて農民はため池を、資金不足に備えて企業は内部留保を、過去から現在にいたるまで、日本人は全力を挙げてリスクヘッジにつとめてきた。

 おかげで日本人は世界に冠たる保険好き。生命保険や損害保険に入っていない人を探すほうが難しい。日本人はリスクヘッジの達人ぞろいなのである。

 それを悪いとは言わない。それこそが日本人の強さの秘密であり、生き残りの知恵である。しかし、そうした保守的な人間だけでは、不連続の成長は実現できない。巨大な国難に立ち向かうソーシャルイノベーションは起こらない。

 英語のriskは、中世イタリア語のrisco(現代イタリア語ではrischio、トスカーナ方言ではrisico)が、中世フランス語のrisqueを経てriskに変化した言葉だと言われている。

 中世イタリア語のriscoの動詞形であるriscare(ラテン語のrisicare)の意味するところは“断崖に挟まれた狭隘な水路をなんとかうまく操船して抜ける”という意味があり、英語のdareに近い。“敢えて勇気を持って試みる”というニュアンスがある。

 リスクは、受動的危険を指すことはむしろ少なく、主として自らの選択でとりにいく能動的危険を意味するわけだ。

 ところがこの言葉が日本語として定着すると、“危険”という言葉の字義どおり、“危うく険しい”というマイナス面ばかりが強調されている気がする。

 リスクは危険そのものではない。“敢えて勇気を持って試みる”ことで開けてくるものがある。だからこそ、

 「リスクは迎え討て!」

 そう声を大にして言いたいのだ。

 そもそも、今、安倍政権が戦っている“デフレ”の根源は、日本人がリスクをとらなくなったことに発している。デフレを克服する鍵は、日銀の異次元緩和でも円安誘導でもなく、まさに日本人が、リスクを迎え討とうとするマインドへと転換することこそが必要なのではないだろうか。

 

――かくすればかくなるものと知りながらやむにやまれぬ大和魂

 かの維新の志士吉田松陰はこう歌に詠んだが、まさに松陰のような、乾坤一擲、命を賭してリスクに挑戦していく“志士(突破者)”を、この国は生み出してきたからこそ今がある。

 今回の集中連載では、その数少ない“志士”たちの中から、是非学んでもらいたい人物を例にとり、「リスクを恐れるな!リスクを迎え討て!」と、読者にエールを送りたい。

 

けたはずれのスケールを持った“最後の大旦那”

 リスクを果敢に迎え討った人物として、まず筆頭に挙げたいのが「やってみなはれ!」という言葉で知られるサントリー2代目社長の佐治敬三である。(写真提供:サントリーホールディングス)

 会社帰りにバーで一杯という夕方文化をわが国に根づかせ、「サントリーオールド」を生産量世界一のウイスキーに育て上げた稀代の経営者だ。

 『洋酒天国』という伝説のPR雑誌を発刊し、「アンクルトリス」というキャラクターをお茶の間の人気者にし、「人間らしくやりたいナ」「トリスをのんでハワイに行こう!」といった名コピーで人々の心をわしづかみにした。

 すぐれた商品が一時代を築くことはままあるが、人々の感性に訴えかけ、ライフスタイルまで一変させた企業は数少ない。それをこの人物は見事やってのけたのだ。

☆本サイトの記事は、雑誌掲載記事の冒頭部分を抜粋したものです。

 

北 康利(きた・やすとし)作家

1960年、愛知県名古屋市生まれ。’84年、東京大学法学部卒業後、富士銀行へ入行。みずほ証券を退職し、現在、作家としての活動に専念している。歴史上の人物を取り上げた著書を多数執筆しており、特に、 『白洲次郎 占領を背負った男』 (講談社)では、第14回山本七平賞を受賞。そのほか、福沢諭吉、松下幸之助、吉田茂、安田善次郎、小林一三など、歴史に名を刻む人物の評伝をライフワークとしており、現代社会やビジネスシーンで生き抜く術を伝える。6月下旬に『佐治敬三と開高健 最強のふたり』(講談社)が刊行予定。

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