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真田一族の謎―最新研究でわかった数々の真実

2015年09月29日 公開

平山優(歴史研究家、大河ドラマ『真田丸』時代考証担当者)

《PHP文庫『大いなる謎 真田一族 最新研究でわかった100の真実』より》

 

大いなる謎! 真田一族

 日本列島が戦乱に明け暮れた戦国時代。幾多の大名や国衆(在地領主)がその荒波の中で滅び去っていった。徳川家康が江戸幕府を開き、大坂の陣で戦乱が終焉を迎えた時、辛うじて戦国を生き延びた人々は、滅び去った者たちに比べれば、物の数ではないほど少数であった。

 生き延びた人々は、戦国の記憶を家伝の文書、記録、そして遺物で伝えたが、それでも彼らのことをしっかりと調べようとしたら、幾多の「記憶の壁」にぶちあたることは私たち歴史学者の多くが経験するところであり、その実態に迫ることはそう簡単ではない。

 戦国の[記憶の壁]とは何かといえば、それは史料に他ならない。彼らの出自や経歴を物語る史料は、生き残った人々の手元ですら、ごくわずかであることが多い。残された史料が語るものが、歴史の流れのごく一部分だけにすぎず、その多くは永遠に知られることのない忘却の彼方に消え去ってしまった。

 本書の主人公である真田家の人々は、戦国を生き延びたごく少数のうちの人々であり、また多くの史料を今日に残した希有な事例の1つでもある。しかしながら、真田家は同じ戦国の生き残りである上杉、毛利、島津氏と比較すると、圧倒的に史料は少ない。なぜなら、彼らが戦国大名家であるのに対し、真田家は武田氏に仕えた数ある国衆の1つにすぎなかったからだ。

 ましてや、真田家中興の祖として大いに活躍した真田幸綱の時に、不幸にして故郷を逐われ、家伝文書などもこの時失われたと考えられており、その来歴は、幸綱が武田信玄に仕えて以後に限定される。それでも数多の武田家臣や武田氏に従属した国衆に比較すれば、真田家の史料は多い方なのである。

 その後、真田家が武田氏滅亡や本能寺の変、天正壬午の乱という一連の大変動を乗り越え、一躍周辺諸国へ影響力を拡げたのは、幸綱の子・昌幸の活躍ゆえである。信濃国示県郡の一国衆にすぎなかった真田家が、史料に頻繁に登場するようになるのは、昌幸がそれだけ周辺諸国にとって無視しえぬ存在感を発揮するようになったからに他ならない。

 それではなぜ、戦国真田一族は、幸綱の代に一文無しになって故郷を捨てざるをえない不幸な境遇から、豊臣秀吉によって大名に取り立てられるまでに成長できたのか、また徳川家康を苦しめた宿怨は、その流れの中でどのように形作られたのであろうか。真田家に関する様々な疑問に答え、縺れ絡まる歴史の糸を繙きながら解説しようとしたのが本書である。

 真田一族については、すでに江戸時代から庶民に絶大な人気を誇り、繰り返しその事績が顕彰されてきた。近年、またもや真田一族に注目が集まり、何度目かのブームを巻き起こしている。それは漫画、ゲーム、映画、ドラマ、小説など、様々な媒体の影響によるものであるが、そのことにより、老若男女の区別なく幅広い人々の心を捉えつつ、真田人気は戦後70年の今日、大きなうねりをみせようとしている。2016年の大河ドラマが『真田丸』に決定したのも、平成の真田ブームを受けてのことなのだろう。

 しかし、真田一族の実像を知ろうとすると、そこには多くの空白や闇が立ちはだかる。知りたいことがなかなかわからないし、それを解説する書籍が少ないと苛立ちを感じる方も多かろう。その責任の一端が、私たち歴史学者の怠慢にあることは間違いないが、それだけでは済まない原因がある。それこそ冒頭で述べた、「記憶の壁」に他ならない。史料不足という「記憶の壁」ばかりは、私たちでは如何ともしがたい。しかし、真田一族の歴史で、どこまでが判明しており、どこからがわからないのかを通覧できるよう配慮することも私たち歴史学者の責任である。

 そこで本書では、真田一族の歴史を通覧しつつ、幾多の疑問に現在判明する範囲で答えることを心がけて編集した。

 真田一族には、生き残りをはかるために、知謀の限りを尽くし、時には一族が分裂し、骨肉相食む事態を招きながら、その命脈を保ち、成長を遂げようと努力を重ねた人物が多く登場した。

 真田幸綱、昌幸父子や信尹(のぶただ:昌幸の弟)などはまさにその代表的な人物である。一方で、どう足掻いても勝てる見込みのない戦いに身を投じ、華々しく散華していった人物も現れた。滅びゆく豊臣秀頼に殉じた真田信繁(幸村)は、最も著名な人物であろう。彼の生涯は、もともと「判官贔屓」の傾向が強い日本人の琴線を、今日まで揺らし続けてきた。こうした派手な生き様を示した人々がいるいっぽうで、父祖が築き上げた成果を引き継いで真田家の存続に心胆を砕き、生涯努力し続けた人物もいる。弟・信繁の華々しい実績と人気の陰に埋もれがちながら、幕藩体制下での真田家存続に尽力した信之である。信之の冷静沈着かつ的確な政治手腕なくして、真田家存続は困難であっただろう。

 真田一族の歴史は、静と動、明と暗という変幻自在の動きをみせ、一筋縄ではいかない個性的人物が数多く登場し、波瀾に満ちた面白さと悲劇性をあわせもつ。そこに真田一族が、多くの人の心を惹きつける秘密があるのだろう。本書は、彼らのドラマチックな生涯を、現時点での最新研究の成果をもとに、できるだけ史実に忠実に記すようつとめた。

 戦国時代という荒波を、真田一族はなぜ乗り越えることができたのか、その謎に満ちた歴史の世界に皆様をご招待しよう。

 

<著者紹介>

平山優(ひらやま・ゆう)

昭和39年(1964)、東京都新宿区生まれ。立教大学大学院文学研究科博士前期課程史学専攻(日本史)修了。専攻は日本中世史。山梨県埋蔵文化財センター文化財主事、山梨県史編纂室主査、山梨大学非常勤講師、山梨県立博物館副主幹を経て、現在、山梨県立中央高等学校教諭。日本中世史に関する精力的な研究活動を行い、2016年放送の大河ドラマ「真田丸」の時代考証を担当。
著書に、『武田信玄』『長篠合纖と武田勝頼』(以上、吉川弘文館)、『戦国大名領国の基礎構造』(校倉書房)、『天正壬午の乱[増補改訂版]』(戎光祥出版)、『山本勘助』(講談社)、『真田三代』(PHP研究所)など多数ある。

 

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