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手術支援ロボット「ダビンチ」が拓く未来

宇山一郎(藤田保健衛生大学医学部上部消化管外科教授)

2015年10月22日 公開 2015年10月23日 更新

 

ダビンチのここが凄い

 先述のように、腹腔鏡手術で使われる手術器具は長い棒状のものであり、いわば長い菜箸を使って手術をするようなものだ。

 これは扱いがとても難しい。長い菜箸で小さなものをつかむのをイメージしていただくとわかりやすいのではないかと思う。開腹して通常のメスや鉗子を使うほうが、はるかに柔軟に手術ができる。

 昔は、胃がんを腹腔鏡で手術すると、細い鉗子の先端でがん病巣をつついたときに細かいがん細胞がはがれ落ち、まわりにまきちらすと考えられていた。そのため、胃がんは開腹手術が通常で、腹腔鏡はタブーとされていた。

 私たちの病院が腹腔鏡を使った新しい術式を開発したことで腹腔鏡による手術ができるようになり、いまは腹腔鏡手術が増えている。それでも、腹腔鏡手術は細かい作業になるので、高い技術力を要する。

 このような腹腔鏡手術の問題点を解決したのが、手術支援ロボット、ダビンチである。以前は複数の会社が手術支援ロボットを開発していたが、現在はインテュイティブサージカル社のダビンチがスタンダードになっている。


(C)Intuitive Surgical,Inc.

 ロボット手術は腹腔鏡手術と同じように、お腹に小さな孔を開けてそこから手術器具のアームを挿入する。先端には前後左右に動く小さな関節がついている。狭い領域で人間の手よりも器用に動かせて、可動域も大きい。

 人間の手は数ミリ単位で動かすことは難しく、手ブレを起こしてしまう。ダビンチのアームには、人間の操作を2分の1、3分の1、5分の1のスケールに縮小できる「モーションスケーリング機能」が備わっている。5分の1に縮小した場合、執刀医がコントローラーを1センチメートル動かしたときに、アームの先端は2ミリメートルだけ動く。手ブレ防止機能もついており、細かい作業を安全に行なうことができる。アームにつけるインストゥルメント(手術器具)は、用途に応じて、メス、縫合用のニードルドライバーなど50種類以上のタイプが用意されている。

 カメラの性能も腹腔鏡よりすぐれている。腹腔鏡手術に使われる内視鏡は、2D(2次元)の平面映像なので奥行きがわかりにくい。一方、ダビンチは高解像度3D(3次元)の立体映像なので、奥行きがわかりやすい。腹腔鏡カメラでは、術野を拡大できるのは4~5倍だが、ダビンチでは10倍まで拡大できる。太さ1ミリメートルの血管を1センチメートルの大きさに拡大し、モーションスケーリング機能で小さな動きにして細かく動かせば、手術はやりやすい。

 胃がん手術では、リンパ節をきちんと取り除いたり、切除後に何カ所も縫合したりという細かい作業が非常に多い。支援ロボットによって、より精度の高い安全な手術が可能になり、腹腔鏡の問題点は大幅に改善された。

 開腹手術や腹腔鏡手術の場合、執刀医が手術台で手術するが、ダビンチでは、執刀医は手術台から数メートル離れたところにある「サージョンコンソール」と呼ばれる操作台に座って操作をする。

 手術台には「ペイシェントカート」と呼ばれるロボットが置かれ、サージョンコンソールのコントローラー操作と連動してアームが動き、手術が行なわれる。手術台には助手の医師がついおり、アームのインストゥルメントを取り替えたり、患者さんの様子を見守ったりしている。

 ダビンチは非常にすぐれた手術支援ロボットであり、手術の精度と安全性を大幅に高めてくれた。

 

<著者紹介>

宇山一郎(うやま・いちろう)

1960年、徳島県生まれ。藤田保健衛生大学病院 総合消化器外科診療科長、上部消化管外科教授。腹腔鏡手術による胃切除術で胃の全摘に世界で初めて成功。85年、岐阜大学医学部卒業、慶應義塾大学外科学教室入局。88年、慶應義塾大学外科学教室助手、91年、練馬総合病院外科医長、97年、藤田保健衛生大学医学部外科学講師、2002年、藤田保健衛生大学医学部外科学助教授、2006年、藤田保健衛生大学医学部外科学教授に就任。現在に至る。

 

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