「郷土寿司プロジェクト」とは? 酢飯屋店主・岡田大介が全国を訪ね歩く理由
2016年04月07日 公開 2024年12月16日 更新
『季節のおうち寿司』より一部抜粋
土地の記憶や人々のこころを優しく包む郷土寿司
北に行けば流氷が見られ、南に行けばサンゴと出会える。ひとつの国でここまで幅広く自然を体感できるのは、おそらく日本ぐらいでしょう。国土が南北に細長いことで、天気は各地で異なるし、気候や風土も違っている。そのお陰で穫(獲)れる食材も多種多様。共通しているのはどこでもお米がつくれることです。
各地で昔から、保存食として、またお祭りやお祝い事といったハレの日のごちそうとしてつくられ、食べられてきた「郷土寿司」はまさにそうした日本の多様性の産物です。その土地で穫(獲)れた食材をいかに長く持たせ、いかに美味しく食べさせるか。土地土地で暮らす人たちが生活環境の中で得た知恵を駆使して、工夫しながらつくり上げてきた。それが郷土寿司です。
なので、つくり方から形態、使う具材、食べ方まで実に多彩。豊かな日本の食文化はきっと郷土寿司に端を発したのだろうと思うほどです。そして郷土寿司の巻き寿司や箱寿司からは土地の歴史や伝統、文化、そこで暮らす人たちの暮らしぶりが見えます。郷土の自慢や誇りすらも伝わってきます。
全国的に有名な郷土寿司がある一方、同じ地域の中でもあまり知られていないごくごく局地的なものもあり、その多くは店で買ったり食べたりできない。いわば家々でつくる元祖「おうち寿司」です。おばあちゃんがつくっているのを子どもが手伝い、孫たちがその様子を見て育つ。やがて、その子どもが受け継ぎ、またその子どもが受け継ぐ。代々の思いと心がこもったお寿司でもあるのです。
郷土寿司を学び魂を受け継ぎながら明日への扉を開くプロジェクト
日本各地に古くから伝わる郷土寿司は、ある意味、お寿司にまつわる様々なうんちくが蓄積された事典のようなもの。具材の取り合わせ方や盛り合わせ方など現代のお寿司にも生かせる基本が学べます。ときとして、新しいお寿司の発想やヒントを授けてくれるそうした郷土寿司に出会うことは、寿司職人の僕にとっては原点回帰とも言えます。
ところが、全国には忘れ去られようとしている郷土寿司が結構あります。郷土寿司が文献になっていることもありますが、多くは親から子へ口から口へ伝承されてきた。だから、あるおばあさんが亡くなると、そのおばあさんがつくってきた郷土寿司のレシピがわからなくなることもあるのです。郷土寿司がなくなると、土地の記憶や人々の心も同時に失われてしまうことを意味します。それはとても残念なことです。
そこで、そうした貴重な郷土寿司を訪ねてつくり方を学び、しっかりと後世に受け継いでいこうという取り組み「郷土寿司プロジェクト」を数年前から始めています。
郷土寿司プロジェクトは、ひとつひとつの伝統をただ守っていくことではありません。郷土寿司に流れる考えや伝えてきた人たちの心を大切にしながら、多くの人が美味しいと思えるお寿司を僕なりに創出し、次の世代までつないでいくことです。伝統芸能や工芸の世界の人たちが「伝統はただ守るのではなく、革新し続けること」と話されていますが、郷土寿司も同じだと思っています。
岡田大介(おかだ だいすけ)
「酢飯屋(すめしや)」店主。1979年千葉県野田市生まれ。大学浪人中の母親の急死をきっかけに18歳で食の世界へ。地元の割烹料理店、東京・秋葉原の寿司店で修業し、24歳のときに独立。八丁堀の自宅マンションの一室で1日1組限定の寿司屋を開く。次第に自分が扱うサカナから野菜、調味料、器などの生産者や現場に興味を持ち、全国を巡り始める。並行して、各地の郷土寿司にも関心を向ける。2008年、東京・文京区にカフェ・ギャラリーを併設する完全紹介制・完全予約制の酢飯屋を開き、日々、伝統と革新の寿司の道を究める。