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中堅・中小企業の人材育成~本気ですすめる社員の意識変革

的場正晃(PHP研究所研修事業部部長)

2016年05月15日 公開 2022年12月07日 更新

 

意識変革の原則 [2]考え抜かないと人は変わらない

 人材育成の仕事に携わっていてつくづく感じるのは、どんなによい話を聞いても、それだけでは人は変わらないということです。結局は、自分で考え、気づき、自分の言葉で「こうしたい」と宣言しないと人は変わりません。言葉と意識はつながっていますので、肯定的な宣言をすることによって意識が変わりやすくなるのです。

 そのためには、まず相手の思考スイッチをオンにする必要があります。ただし、ここで言う思考とは、単なる「考える」レベルではなく「考えて、考えて、考え抜く」レベルの深い思考を指します。

事例2

 松下電器(現パナソニック)が、アイロンの開発に着手したころ(昭和2年)のエピソードです。当時の同社にはアイロン開発のノウハウがなかったにもかかわらず、「高品質・低価格の製品を短期間で開発せよ」という一見無茶な要求を突きつけられたのは若手技術者のN氏でした。しかし、松下幸之助から「きみなら必ずできる」と励まされてやる気が湧き、「とても意義のある仕事。せいいっぱいやらせていただきます」と言って、それから一日中、どうすればできるかを考え抜いたそうです。その結果、わずか3カ月で高品質・低価格のアイロンが開発できました。
 この成功体験を経たN氏はその後も数々のヒット商品を生み出し、会社の発展に多大な貢献をしたのです。

  肯定的な宣言を引き出して人の意識を変えるには、どれだけ思考の深掘りができるかが成功のカギを握ります。このN氏の事例では、ハードルの高い要求と同時に激励がなければ、考え抜く状況へと追い込まれなかったでしょう。今、企業に求められているのは、かつてのような「愛情に裏打ちされた厳しさ」を伴う人材育成ではないでしょうか。考えて、考えて、考え抜かざるをえないような状況に追い込む厳しさを人づくりの現場で復活させることが重要な課題と言えるでしょう。

 

意識変革の原則[3]行動し続けないと人は変わらない

 ここまで意識変革の重要性を述べてきましたが、変革の順序は[意識→行動]の一方通行ではなく、[行動→意識]の逆方向をたどることもあります。

 事例3

 新入社員の離職率の高さに悩んでいた精密機械メーカーE社では、3年前に導入研修の見直しを図り、あいさつ、お辞儀、発声の練習をひたすらくり返す[行動にこだわったプログラム]に切り替えました。その結果、受け入れ側の上司・先輩から「今年の新人は、社会人としての心がまえができている」と評判になるぐらい、短時間で新入社員の意識を変えることに成功しました。

  この事例が示唆しているように、行動を変えることによって意識が変わることもありうるので、変革は[意識⇔行動]という双方向性を示しながら進んでいくと解釈したほうが現実的でしょう。そうであるならば、変革を成功に導くためには、意識と行動の両方に刺激を与え続けることが大切になってきます。

 研修が実効性を伴わない原因として、学んだことを職場で行動・実践させる仕組みができていないことがあげられます。せっかく研修でよい学びをしても、それを具体的な行動に落とし込んで実践し続けないと、変革がストップしてしまいます。意識と行動のどちらか一方でもなおざりになると変革はうまくいかないのです。

 冒頭のジェームズの言葉にあるように、習慣が人格と運命に影響を与えるとするなら、「よい習慣」を身につけることが重要な意味を持ちます。行動科学によれば、ある行動を3週間実践し続けるとそれが習慣になり、さらにその行動を3カ月継続すると周囲が変わると言われています。したがって、学んだことを3週間をメドに継続実践して習慣化し(第一ステップ)、さらに3カ月実践して変化を生み出すことができれば(第二ステップ)、人は変わることができるのです。

 「継続は力なり」。些細なことでも実践し継続することを賞賛する職場風土をつくっていくことが人の意識変革に大きな影響を及ぼすのです。

 

[結論] 自修自得が人材育成の原点

  伝統芸能や伝統工芸の世界では、徒弟制度と呼ばれる人材育成の仕組みがあります。この仕組みのもとでは、親方と弟子は仕事以外の時間も含めて常に行動を共にしますが、肝心な技能の伝承に関しては、親方はまったく教えてくれません。仕方なく、弟子は親方のやり方を観察し、まねをして試行錯誤を重ねながら技の極意を体得し、一流の人材へと育っていくのです。

 この仕組みの根底にあるのは、「自修自得が人を育てる」という発想です。「知識」(形式知)は教えることができても、「知恵」(暗黙知)は、相手が主体的に学習・経験(自修)して体得(自得)するしかなく、教えることなどできないのです。

  松下幸之助は、自修自得の重要性について以下のように述べています。

 わかりやすくいって、たとえば経営学というものをとってみよう。経営学は人から教わったり、本で学んだりすることができる。しかし、万巻の経営学の本を読んだからといって、それで経営というか、仕事が完全にできるというものではない。それはいろいろな面で参考になるかもしれない。しかし生きた経営なり仕事というものは教えるに教えられない、習うに習えない、ただみずから創意工夫をこらしてはじめて会得できるものである。
 その自得するという心がまえなしに、教わった通り、本で読んだ通りにやったとしても、一応のことはできるかもしれないが、本当のプロにはなれないと思う。自得していこうという前提にたって、はじめてもろもろの知識も生かされ、人の教えも役に立つわけである(『その心意気やよし』PHP研究所)

 やり方さえ間違っていなければ、人の意識を変えることは十分可能です。本稿でご紹介した意識変革のための取り組みは、いずれも最終的には「みずから変わる」力を引き出すことが目的で、まさに自修自得の考え方に立脚しています。結局、自分の人生を決めるのは自分であり、自分の考え方を変えるところからすべてが始まる。一人ひとりがそんな意識に立てたとき、そこから個人の変革、組織の変革、ひいては社会の変革への第一歩が始まるのです。

 

的場正晃(まとば・まさあき)
PHP研究所 研修事業部部長。1990年慶應義塾大学商学部卒業。同年PHP研究所入社、研修局に配属。以後、一貫して研修事業に携わり、普及、企画、プログラム開発、講師活動に従事。2003年神戸大学大学院経営学研究科でMBA取得。中小企業診断士。2012年秋開講のPHPゼミナール公開セミナーを開発した。

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