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「空洞化」への静かな真剣勝負

冨山和彦(経営共創基盤CEO)

2011年08月08日 公開 2022年09月15日 更新

「空洞化」への静かな真剣勝負

 グローバル化経済の時代、国家としての経済成長戦略の大半は産業立地戦略で決まる。マクロ成長要因について、いろいろ難しいことをいう人がいる。しかし長期的・持続的視点に立ったとき、国民の所得と雇用を守り、増やす最大の鍵は、優秀な人材(ヒト)、生産設備投資(モノ)、資金(カネ)を自国に呼び込み、留め、高付加価値の経済活動を行なわせることに尽きる。

 実際、いくら日本企業が成長しても、海外で生産し、海外で販売した分は、わが国のGDPや国内雇用にほとんど貢献しない。あえていえば、こうしたグローバル成功企業の株式を日本の家計が保有していれば、株価上昇を通じて、国民資産の増加につながる。だが、そんな会社に限って、外国人持ち株比率が高いのが現実だ。

 だからといって、企業を比較優位のない場所に縛り付ければ、その企業は競争に敗れ、淘汰されてしまう。そうやって有力な企業が日本から消えてしまえばどうなるか。資源のない狭隘な国土に1億人以上がひしめき合う国が、外貨を稼いでエネルギーや食料を輸入する手段を失うことは、早晩、かつての貧困と飢餓に直面することを意味する。「高齢化時代だから介護や医療で日本経済を伸ばせる」という人もいるが、こうした産業は本質的に所得再分配型。再分配する原資が細っていけば、いつか社会保障財政の破綻というかたちで持続不能となる。

 結局、日本国領土の産業立地上の優位性を高め、日本人の特性・強みを活かした高付加価値な生産活動をこの国で行なえるようにすることこそが、成長「戦略」という名に値する本質的な政策なのだ。これがヒト、モノ、カネが自由に国境を越えて移動する時代の、現実なのである。

 この国には、高い法人税、自由貿易枠組みへの参加の遅れ、円高、硬直的な労働市場といった、産業立地上の比較劣位がたくさん存在する。この多くが貧困な政治の産物だが、そんな環境でも、日本企業の多くにおいては、ホームバイアス(自国への傾斜傾向)がかなり強かったと思う。いわゆる「サヨク」な人たちは、「大企業は血も涙もなく低コストを求めて海外移転を進めてきたじゃないか」というかもしれない。しかし欧米のグローバル企業と比べると、日本の経営者は明らかに、日本国内により多くの機能と雇用を残し、守ってきたというのが、私の現場実感である。もちろん終身雇用や解雇規制といった制約によって、国内雇用を維持せざるをえなかった側面もあるが、やはり日本は住みやすい国で、私たちは日本が好きなのだ。

 しかし、今回の原発事故と、その後の立憲法治国家とは思えない政権の大暴走、大迷走は、数少ない日本の優位性である安全、安心、安定を大いに毀損した。原発の停止と再稼働をめぐる政策スタンスは、誰かさんの思い付きでブレまくる。その政策とやらも民間への「要請」が大半で、明確な基準は示されず、それに応じた場合のリスクはすべて民間側が背負う。法運用の透明性や信頼性に関しては、日本はアジアでもトップレベルの安心感があったが、いまや、いつ何どき、「お上」から無理難題を「要請」されるかわからない。エネルギー政策を含め、政策の転換や振れ幅も、いままでは一定の常識的な範囲で行なわれ、進め方もしかるべき手順、手続きを大事にする国であったが、その安定感も吹き飛んでしまった。この国の産業立地上の優位性の大半が失われてしまったのは、厳然たる事実である。

 いま、製造業に限らずさまざまな産業が、企業規模の大小を問わず、静かに真剣勝負のグローバル化(≒空洞化)へ動き出している。今回は、日本のお家芸たる摺り合わせ工程や研究開発機能も例外ではない。ここまで政治に滅茶苦茶をやられると「ご先祖様も怒るまい」と、いよいよ全社一丸、ガチンコで世界に打って出る決心覚悟ができた印象である。少子高齢化で国内市場が縮み、他方で世界経済、とくに新興国が成長を続けるなかで、日本企業がフルグローバル企業に進化することは、もともと避けて通れない大経営課題。政権の大暴走・大迷走は、むしろ個別企業の経営改革を進めるうえでは、たいへんな追い風、チャンスになっている。

 しかし、日本国のマクロ経済という観点からは、これは雇用と所得の空洞化という構造的な下振れ要因を加速させかねない。とくにこの空洞化が、日本的な高品位のものづくりや高度な研究開発を下支えする社会的インフラ、人材インフラまで及ぶと、将来、為替や貿易条件が変わっても、そう簡単に高付加価値経済活動は戻ってこなくなる。「不可逆的空洞化」「とどめの空洞化」に発展する危険性があるのだ。今回の空洞化については、産業界は本当に真剣、ガチンコだと思う。その証拠に、誰ももう「法人税を下げてくれ」「TPP参加を急げ」と声高にいわなくなった。真剣勝負は静かにやるものなのだ。

 科学的安全性の評価はともかく、政治的な現実として、原発の新設はきわめて困難だろう。仮に現存する原発を再稼働できても、老朽炉から廃炉になっていき、原発の数は縮小していく可能性が高い。経済同友会の長谷川閑史代表幹事の言葉を借りれば「縮原発」はおそらく不可避だ。そうなると代替エネルギーの開発が、より重大な国家戦略マターになる。

 しかし今後、日本が官民を挙げて新たなクリーンエネルギーの開発に成功しても、その技術による商品開発や生産活動が国内で行なわれなければ、日本国民にとっての経済効果はやはり限定的。逆に、ドイツ人ダイムラーとベンツが発明し、米国人フォードが産業化したガソリン自動車が、わが国に膨大な雇用と巨額の所得をもたらしてきたことからわかるように、この国に産業立地としての優位性があれば、どこで誰が開発した技術でも、私たちは豊かになれる。

 今後、縮原発が不可避な情勢だからこそ、産業立地戦略(貿易自由化政策、法人税体系の抜本見直し、労働市場の柔軟性の拡大、そして円高とおそらくその背景要因の一つであるデフレの克服)の実行を急がないと、やがて国民経済は存亡の危機に陥ってしまう。具体的にはこの先、1、2年の復興特需が剥落したのち、深刻な症状が顕在化することが懸念される。

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