テクニクス復活へと導いた企業人演奏家の信念と手腕
2016年12月17日 公開 2024年12月16日 更新
磨き上げた個性がお客様の心を響かせる
2014年、パナソニックは、かつて隆盛を誇った高級音響機器ブランド「テクニクス」を復活させた。その総指揮を執ったのは、現在役員を務める小川理子氏である。実は、小川さんにはもう一つ別の顔がある。国内外で活躍するジャズピアニストでもあるのだ。「二足のわらじ」で両方の分野で成功を手にした小川さんだが、そこへ至るまでには数々の苦境があった。両立への迷いを抱くことさえあったという。はたして小川さんは、どのような信念を持って苦難を乗り越え、企業人として演奏家として実力を磨き上げたのか。そして、自分の個性をどのように事業やマネジメントに活かしていったのだろうか。
取材・文:高野朋美
写真撮影:白岩貞昭
社会貢献で痛感した経営理念と音楽の意義
2008年、小川さんはそれまで全く無縁だったCSR部門に籍を移すこととなった。ジャズピアノとも、音にかかわる仕事とも異なる分野。だが小川さんは、「CSRでの経験がなかったら今の私はいない」と言い切る。
「それまで、パナソニックが社会貢献活動を行なっていることは知っていたものの、その内容についてはよく知りませんでした。でも、CSR活動にどっぷりと浸かる中で、『企業は社会の公器』という松下幸之助創業者の哲学や経営理念の意味を再認識できたのです」
小川さんがかかわった社会貢献活動の一つに、アフリカ・タンザニアの無電化地域にソーラー発電システムを寄贈するプロジェクトがある。この時の体験は、今でも忘れられないという。
「アフリカは、ジャズのリズムのルーツの地です。私たちをもてなすために地域の人たちが歌や踊りを披露してくれたので、その返礼にと思い、私は持参したピアニカで『タンザニア タンザニア』という曲を弾きました。すると、周辺の村人の皆さんがワーッと集まってきてくれたんですよ、数キロ先の村の端っこからもわざわざ歩いて。みるみるうちに2000人くらいの大合唱の輪となり、言葉にできないような感動的な光景が広がっていました」
大地から湧き上がってくるような歌声の和音。それを聴いた小川さんは、全身に鳥肌が立ったという。音楽に国境はない。言葉のいらないコミュニケーションをもたらしてくれる。それを身をもって体感した出来事だった。
「ああ、音楽をやっていてよかったなと思うとともに、これこそが企業の社会貢献活動の真髄だと教えられた気がしました」