誰だって「得」をしたいけれど同じ分だけ「損」もしたくない。だが人は「得をした」ときよりも「損をした」ときのほうが心理的インパクトは大きく、損を恐れる傾向が強いそう。和田秀樹氏が、「損失回避性」について解説する。
※本書は和田秀樹著『「損」を恐れるから失敗する』(PHP新書)より、一部を抜粋編集したものです。
「損」or「得」 気持ちが強く動かされるのはどっち?
「損得勘定で動く」という言葉があります。いつも心の中でソロバンを弾いているビジネスライクなイメージがあって、ネガティヴな意味合いを含んだ言葉に聞こえるかもしれませんが、私は必ずしもそうは思いません。
ただ厳密に言えば、私たち人間は、「得をしたい」という気持ちよりも、「損をしたくない」という気持ちによって動かされている面が多分にあります。それは、「得をした」ときよりも「損をした」ときのほうが、感情が大きく動かされるからです。
次のAとBとでは、あなたはどちらのほうが、気持ちが強く動かされるでしょうか。
A 10万円の商品を1万円値引きしてもらって買った
B 10万円で買った商品を別の店で見たら、九万円で売っていた
Aのケースのように、1万円値引きしてもらったら「1万円得した」と思って、うれしい気持ちになる人も少なくないことと思います。でも、その喜びはあまり長くは続かないかもしれません。
Bのケースのように、10万円で買った商品が、別の店で9万円で売られていたら、かなりショックなのではないでしょうか。
「あの店は高すぎる」と腹が立ってきたり、「なんで他の店も調べなかったんだろう」などと自分を責め、かなり不快な気持ちになるのではないでしょうか。それどころか、「1万円損した」という気持ちを長く引きずるかもしれません。
一般的に、人間は「得をした」ときよりも「損をした」ときのほうが心理的インパクトは大きくなります。
この心理的インパクトについて、心理学の実験では、「2.25倍くらいのインパクト」という結果が出ています。1万円を損した不快感は、2万2500円をもらう喜びと釣り合うくらいのイメージです。
「損」のほうがインパクトが強いので、「得をしたい」という気持ちよりも、「損を避けたい」という気持ちのほうが強く働いて、判断や行動に影響を及ぼします。
「損をしたくない」気持ちが強すぎると...
日常生活で起こっている現象の多くは、「損をしたくない」という気持ちによって説明することができます。
使っているパソコンやスマホが古くなって使い勝手が悪くなってきても、新しいものに切り替えられないときには、「新しくすると、いままでの機能が使えなくなるんじゃないか」「いま使っているソフトが使えなくなって、損をするのではないか」という気持ちが働くことがあります。
「得をしたい」という気持ちよりも「損をしたくない」という気持ちが上回ると、新しいものに切り替えられなくなります。
行きつけのお店に行って、いつも同じメニューを頼んでしまう人にも「損をしたくない」という気持ちが働いていることがあります。違う店に入って「しまった。やめておけばよかった。損をした」と思うよりは、いつもの店で、いつものメニューを食べたほうが安心です。
別の店に行けばもっとおいしいものを食べられるかもしれませんが、得をすることよりも損をしないことのほうが心理的に優先されている状態です。
会社の会議などで、まわりの空気を読んで異論や反論を言わないようにしたときも、「損をしたくない」という気持ちが働いています。波風を立てて嫌われるよりも、何も言わずに黙っていたほうが無難です。
「損をしたくない」という気持ちは、企業活動にも影響を及ぼしています。会社が新しい事業にあまりチャレンジしようとしないのは、責任者たちが「下手なことに手を出して損をしたくない」という気持ちを持っているからでしょう。いままでどおりのことをやっていたほうが、新たな損失を生まずにすみます。
「損をしたくない」という気持ちは人間の自然な心理ですから、避けようがありません。でも「損をしたくない」という気持ちが強すぎると、極端な「現状維持志向」になってしまい、それ以上に発展できなくなる可能性が高くなります。
会社の場合は、社員が保守的になりすぎると、前例どおりのことしかしなくなって新しいビジネス環境に対応できずに、ジリジリと衰退していく可能性が高まります。「損をしたくない」という気持ちが、かえって大きな損を生んでしまうのです。
大きな損をしないためには、「目先の損得ばかりを考えてしまう心理を、どうコントロールしていくか」ということが重要になります。