経済を人間の心理行動から研究する「行動経済学」
なぜ人は「損」を恐れるのでしょうか。その理由については、完全に解明されたわけではありませんが、多くの心理学の実験から、人間は損を恐れる傾向が強いことが明らかになっています。
「損」と「得」に人間はどう反応するのか。その研究が1番進んでいるのが、「行動経済学」という分野です。「経済学」という言葉がついていますが、「行動経済学」は、基本的には「心理学」です。
行動経済学に貢献した代表的な学者は、2002年にノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンと、同僚のエイモス・トヴェルスキーです。カーネマンもトヴェルスキーも、ともに心理学者です。
2人の研究した心理学の知見が経済現象を説明するのに有効であるということで、ノーベル経済学賞が授与されました。本来は共同受賞になるはずでしたが、トヴェルスキーはすでに他界していましたので、カーネマンだけの受賞となりました。
1978年にノーベル経済学賞を受賞したハーバート・サイモンも心理学者です。サイモンは、「経営行動」(サイモン著、松田武彦、高柳暁、二村敏子訳、ダイヤモンド社)という有名な本を書いています。
日本では、「経済学」と「心理学」は別物として扱われています。「カネ」と「ココロ」は、相容れないものというイメージがあるのかもしれません。
しかし、経済活動をするのは人間ですから、経済には人間の心理が大きく関係しています。経済をお金の面から研究するか、人間の心理行動から研究するかという切り口の違いであって、どちらも「経済学」です。
欧米では、心理面を考慮して経済政策を立てないと、効果的な経済政策にはならないと考えられるようになっていますが、日本では、人間心理と経済政策は完全に分離されてしまっています。
私自身、行動経済学はある程度勉強してきたし、心理と経済の関係を論じた本も何冊か出していますが、日本のテレビ番組などで、景気対策を論じるような討論番組があっても、私を含めて心理学者が呼ばれることはありません。経済はエコノミストや経済評論家の専権事項のように思われていようです。
「損失回避性」の法則を知れば失敗を減らせる
しかしながら、経済政策が経済理論どおりにいかないのは、人間の心理が無視された場合です。たとえば、「老後の生活が心配」という不安な気持ちを持っている人は、お金を使わずに節約しようと思います。
そういう人が多ければ、減税をしようが、手当を配ろうが、消費にはつながらず、貯蓄に回ってしまいます。政府がお金を使ったのに、国民の心理がバリアとなって、経済効果が抑制されることがあります。
経済を動かしているのは、一人ひとりの心理です。「経済学」と「心理学」は別物ではなく、リンクした学問のはずだというのが私の信念です。
行動経済学には、「行動」という名前がついているため、少し誤解を招いている面がありますが、実際には「行動」の研究というよりも、「行動」の前に行われる「判断」や「意思決定」についての研究です。経済活動に伴う「判断」や「意思決定」を心理学的なアプローチで解き明かしたものです。
カーネマンらの研究は、「人間は得よりも損に強く反応する」ということを明らかにしました。それは「損失回避性」と呼ばれています。損失回避性は現状維持につながりやすいので、「現状維持バイアス」と呼ばれることもあります。
損失回避性の法則を知っているかいないかで、ビジネスも、日常生活も、経済政策も、大きく変わってきます。「損に反応する」という人間の心理特性を知っていれば、それに気をつけて、不要な失敗を避けることもできます。
人間の心理特性を理解していると、仕事でも生活でも、失敗をかなり減らすことができるはずです。また、それを通じて新たなアイディアが生み出せるかもしれません。