歌人・穂村弘「革ジャンを貸した。傷だらけで僕に返してきた。その友だちに憧れる」
2018年06月26日 公開 2022年08月16日 更新
飲み会に遅れてくるヤツに僕はなれない
──多くの人は怖がらないけど、穂村さんは怖いものというと、ほかには何がありますか?
(穂村)海外旅行が怖い。わくわくするんでしょ、海外旅行って。でも僕はほぼわくわく度はゼロで、とにかくびくびくしています。
その理由の一つに英語がしゃべれないということがあるんだけど、しゃべれなくてもわくわくしてる人はいっぱいいますよね。
たしか上海に行ったときに、ジャズバンドが生演奏するみたいなところに行ったんですね。そこに大阪弁のおばさんの集団がいて、英語をしゃべれないんだけど、めちゃくちゃわくわくしてるわけ、どう見ても。
それで演奏してるところにつかつかつかっと行って、バンドの人のポケットにお札をねじこむの。
──おひねりってやつですね。
(穂村)そうそう。見ていた僕はぎゃーってなって、でも、そのバンドの人は立ち上がって敬礼して、おばさんのためにソロを吹いて、すごい盛り上がった。
「えっ、そういうのありなんだ」って思いました。わかんなくないですか、そんな行動が是か非かって。でもそのおばさんは是とか非とか考えずに嬉しくなっちゃって、心のままにそうしたんだと思うんですね。
そのとき、自分の人生にはアクシデントがないなって思ったの。それは当たり前で、アクシデントを恐れて避けてるから。でも、僕ほどアクシデントに憧れてる人はいないと思う。アクシデントってかっこいいでしょう。
──思いがけないことが起こるとどきどきしますね。いいどきどきだと嬉しいです。
(穂村)そう。でも、ないわけ僕にはその要素が。
──飲み会に途中から行くことができないというお話を何度か書かれていますよね。
(穂村)遅れて行ったら自分の席がないんじゃないかと怖くて、絶対定刻に行ってるわけ。でもそれってダサいんですよね。定刻に必ず来る奴ってセクシーじゃないと思いません?
セクシーな人って、アクシデントのオーラがあるんですよ。「こいつといると何かおもしろいことが起こりそう」っていう。
友達で絶対に遅れてくる奴がいて、もう席がないんだけど、誰かがトイレに行った隙にその席に座っちゃったりして、「そこあたしの席だよー!」って言われたりして、「えっごめん」「まあいいや一緒に座ろう」とか言われて、一つの椅子に半分ずつ座ったりしてるわけ。
そんなこと彼にとっては日常茶飯事なんだよね。でも僕には一生起こらない。
一つの椅子を半分こ。恋人とかとならあるかもしれないけど、それはちゃんとした手続きを踏んだ相手だから、アクシデントじゃないでしょ。
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ロマンチックな憧れが「声かけ案件」になってしまう