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社会

未解決事件を風化させない! 覆面本「文庫X」が盛岡の書店から全国に波及した理由

田口幹人

2018年08月03日 公開 2022年06月22日 更新

 

多くの読者が「文庫X」の正体を秘密にし続けてくれた

次に読む本を選ぶとき、みなさんはどのようにして、その本を選びますか。今まで自分が読んできた本、つまり読書歴の流れの中で選ぶ方が多いでしょう。好きなジャンル、好きな作家、自身の趣味が反映された本、仕事関係の本などがあるでしょう。

それは、自分の今まで辿ってきた人生と重なり、自分の歴史をつくってきた本とも言えますよね。それをもとにした選書を、「自分の頭の中の文脈で本を選ぶ」と呼ぶことにしましょう。

それに対し、「文庫X」は、普通だったら出会うはずのない本にめぐり会うきっかけをつくることができたと考えることもできます。

これまで培ってきた「自分の頭の中の文脈」に割り込んだ「文庫X」は、その読者の中に新しい文脈を生み出したのかもしれません。

それが、次にどのような本へと繫がっていくのか。そう思うと、30万部売れたという数字以上に、意味のある取り組みだったのではないでしょうか。

僕は、長江の言う常識と先入観の他に、当事者意識というものが今回の企画のもう一つの肝だったのではないかと考えています。

読者は、「文庫X」と書かれたカバーを外し、中の本『殺人犯はそこにいる』と対面したとき、じつはすでに、北関東連続幼女誘拐殺人事件の当事者となっているのです。

記憶の片隅に追いやられていた、テレビや新聞などで目にした事件の記憶が、「文庫X」のカバーを外した瞬間によみがえってきたという人も多かったかもしれません。

あの事件の本質はどこにあったのかを本書を読んで気づいた方もいらっしゃるかもしれません。そして、何かしなければ、という気持ちと、何もできないジレンマを抱えた人も。

「文庫X」現象でもっとも大きな役割を果たしてくださったのは、読者のみなさんでした。

僕たちは一度も、中の本を明かさないでください、とお願いしたことはありません。しかし「文庫X」を買い、中の本を読んだ読者は、それが『殺人犯はそこにいる』であることを伏せ続けてくださいました。

これだけSNSが普及している時代に、ごく一部を除いて、情報が漏れることがなかったのです。

『殺人犯はそこにいる』を読み、何かしなければ、という気持ちと、何もできないジレンマを抱えた人たちは、当事者として書名を秘密にすることで、「文庫X」の広がりを支えてくださったのです。これをきっかけとして、何かが動いてくれればいいな、と願いながら。

事件は解決してはいませんが、結果として、再び多くのメディアに取り上げられることになりました。風化を、ほんの一瞬だけでも遅らせることになったのではないでしょうか。

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