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社会

パワハラ? 指導? 体育会出身の若者を潰したクラッシャー上司の実例

松崎一葉(筑波大学医学医療系 産業精神医学・宇宙医学グループ教授)

2018年11月21日 公開 2022年02月21日 更新

休む間は与えられず、落涙する若者

この日の会議では、ついこないだまで職場のヒーローだったGが、男泣きした。

ポロポロと涙を落とすGに向かってAは、「そうすることが、皆の善意と貴重な時間をどれだけ奪っているか。だから、いいから早くディスプレイの……」と急き立てた。容赦がなかった。

部下を雪隠づめにするとき、課長Aは決して声を荒らげたりしない。同じトーンで、矢継ぎ早に、次から次へと言葉を繰り出す。表情ひとつ変えず、三十分でも一時間でも質問と要求を投げ続ける。

こうした雪隠づめ一発でメンタルの調子を壊した部下もこれまで複数いた。が、学生時代に応援団だったGは、これこそ自分を鍛えてくれるハードルに他ならないと、懸命に自分を鼓舞し、問題解決に取り組んだ。

そして、翌週の課内ミーティングで練りに練った改善提案を呈示した。たいへんよく計算された内容で、今度は課長Aも黙っていた。先輩営業マンたちから幾つかのアドバイスを受け、Gはさらに改善提案の完成度を上げた。

それをクライアントに提案すると、先方の感触もよく、見事に自社新商品の陳列スペースを確保することとなった。翌週の課内ミーティングで、課長は全員に向けてこう言った。

「今、Gから報告があったように、ようやく△△店の陳列スペースを確保できた。次はいまだに攻略できていない▼▼店の対策だ。Gは、来週までに提案書を作ること。それを元に皆で検討しよう。さあ、次だ」

係長が、「課長、今回は大きな仕事も取れましたし、今夜、慰労会やりませんか?」と待ったをかけたが、Aの勢いは止まらない。

「慰労会? そんな暇がどこにある? 次は▼▼店だ。ほら、G。ぼーっとしていないで、あの店の数字が上がらないのはどうしてか、キミはどう思っている?」

あまりの性急さに、ミーティングの場にいた2課の全員があっけにとられたが、Aに異を唱えることは誰もできなかった。
 

やがて感情は爆発し、上司に掴みかかった

次の提案書作成を命じられたGは、「ここが勝負だ、ここが勝負だ」と自分に言い聞かせながら、▼▼店の攻略に挑んだ。職場の誰それ構わず頭を下げて情報収集に勤しみ、寝る間も惜しんで対策をひねり出した。

また翌週の課内ミーティングで、Gは新規の提案を示した。だが、Aは「話にならないね」とダメ出し。ここで心の底に圧しこんでいたGの感情が爆発した。

「どこがそんなにダメなんですかー!」とAに摑みかかろうとした。課の他のメンバーたちが、慌てて若い彼を取り押さえた。Gの興奮が鎮まると、「俺たちも協力するから」と係長を中心に、2課の先輩たちが彼を励ました。

その間、ずっと無表情で混乱を眺めていたAが、「では、これで会議は終わりにするが」と立ち上がった。そして、苦笑しつつこう言った。

「しょうがないな。私も手伝いますか、▼▼店攻略のために」

課長AがGのパソコンの横に自分の椅子を移動させ、彼の仕事に張り付いたのはその夜からだった。終業時間も終電時間も関係なく、Gにマンツーマンの特訓を始めた。

課長は、まず、パソコンのキータッチの指の配置から指導。パワーポイントの作成では、フォントの大きさの修正から背景の色味の調整に至るまでアドバイス。

もちろん文章は、「てにをは」レベルまで厳しくチェック。1ページあたりの文字数の最大値を決め、一文字でもオーバーすると、「クライアントが飽きてしまうぞ」と全文を書き直させた。

このときのことを、Gはこう振り返る。

「とても窮屈で息が詰まる、異常な指導だと感じました」
「でも、課長も一生懸命なので、まさかそんなことは言えませんでした」

そんな日が十日間も続いたが、▼▼店の訪問直前になると、まる二日間、睡眠ゼロで提案書作成の追い込みをした。Gはくたくたに疲れて集中力もなくなっていたが、課長のAは何かに取り憑かれたような目をして作業を続け、最後の何時間かはGからパソコンのキーボードを奪い取って、自分で提案書の校正をしていた。

▼▼店へのプレゼンは、成功。「では、そちらの新製品の販促に、我々も力を入れてみましょう」と先方の担当者から言われたとき、Gは嬉しさよりも、安堵の気持ちで全身から力が抜けたという。

ところが、会社で待っていた課長のAは、Gから吉報を受けると同時に、目をギラつかせてこう宣言した。

「ようやく▼▼店がこっちを向いた。しばらくは現状キープでいい。そのぶんの余力で次に行こう。うちがロクに相手にすらされていない■■店を口説き落とす。いいな、ゼロからの新規開拓のつもりで■■店攻めだ。この流れに乗れなければ何の意味もない。まずは、来週のミーティングまでに提案書の叩き台づくりだ!」

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精神的限界を迎え、ついにその日が来た

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