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社会

パワハラ? 指導? 体育会出身の若者を潰したクラッシャー上司の実例

松崎一葉(筑波大学医学医療系 産業精神医学・宇宙医学グループ教授)

2018年11月21日 公開 2022年02月21日 更新

精神的限界を迎え、ついにその日が来た

このような調子で半年が過ぎた。営業2課の業績は快調で、課長のAは会社から表彰もされ、その仕事ぶりがさらに勢いづいていった。

元気で明るく粘り強い青年であるGの顔から、精気が消えていったのはこの頃である。まわりと世間話をしなくなり、意味の聞き取りづらい独り言をぶつぶつ言うようになった。仕事上の単純ミスもやたらに多い。

本社裏の倉庫で係長が「ここなら話せる。いったいどうしたんだ?」と声をかけると、堰(せき)を切ったように彼の口から言葉が溢れ出てきたそうだ。

「出社が辛いんです。布団からなかなか出られない。背中がパンパンに張って板みたいになっているんです」

「仕事は、もちろん、やりがいに満ちています。係長にはお気遣いいただいていますが、課長も大変よく指導してくれています。私は恵まれた環境で働けています」

「でも、ふと、へんなことを考えてしまいます。私は実は力がないんじゃないか、と。係長にはどう見えていますか? 私は成長できているのでしょうか? 役に立っているんでしょうか?」

「課長の手足になっているだけではないか。最近、特によくそう考えます。被害妄想だとわかっていますが、課長は私を使って、数字を上げたいだけなのでは?」

「思考がおかしくなってきているのだと思います。自分がだんだん擦り切れてきた感じがするんです。擦り切れて、糸くずばかりが増えてきて……」

その2日後、Gはいきなり辞表を提出、退職した。係長には、

「もっと自分自身を活かせるところに転職します」
「結局、甘えなんでしょうけど、課長は私を一回も褒めてくれませんでした」

と言い残して、会社を去って行った。
 

人を褒めることができない

この事例では、被害者Gがもともとタフな若者だったこともあり、幸いメンタル不全に陥ることなく、その寸前で自ら仕事の環境を変えることができた。転職先はすぐに見つかり、また営業マンとして活き活き働いているという。

だが、平均的な精神力の持ち主だったら、潰されていてもおかしくない。現に、課長Aの下で働いていた若者の少なくとも三人以上が、精神を患ったと聞いている。まず、このAに、上司として決定的に欠けているのは、部下の頑張りや成果を認め、評価して「褒める」力だ。

Gは、「課長は私を一回も褒めてくれませんでした」と言い残して会社を去った。彼が一番言いたかったことは、この一行に集約されている。課長Aは、人を褒めるという行為ができない。マイナス部分の指摘ばかりで、他者のプラス部分を見ないのだ。

多くの人は、仕事で褒められ評価されたいという「承認欲求」があることで、やるべきことを頑張ることができる。だから、職場の上司の仕事のうちとても重要なのは、部下の承認欲求を満たす上手な「褒め方」なのである。

実は「褒める」ことも、部下の「成功して嬉しい」という気持ちに「共感」することなのだ。つまり、この課長Aにも「共感」する力が欠けていた、ということなのである。

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