「加齢によって、記憶は衰える」は一般的なイメージだろう。だが、神戸大学大学院准教授の増本康平氏によると、人間のメカニズムはもっと複雑だという。高齢でもその年齢を感じさせないパフォーマンスを見せる人がいるのも確かだ。
高齢者心理学の立場から、若年者と高齢者の記憶の違いなど、老化の実態を解説した増本氏の著書『老いと記憶 加齢で得るもの、失うもの』にて、"物忘れ"への対応法を示している。その一節をここで紹介する。
※本稿は増本康平著『『老いと記憶 加齢で得るもの、失うもの』(中公新書)より一部抜粋・編集したものです。
覚えることをやめれば、忘れることはなくなる
もし記憶力の衰えの自覚によって気分が滅入るようなら、覚えることをやめるのも一つの方法です。
覚えられるように努力や工夫が必要な場合もあるでしょう。しかし、高齢者の多くが日常生活で何らかの記憶愁訴を訴える、という事実は、忘れることを前提とした対処の必要性を示しています。
また逆説的ではありますが、覚えなければ忘れることもありません。
ものを置いた場所を忘れてしまうことも、覚えることをやめることで解消できます。家の鍵を捜し回る経験はだれにもあります。直近に鍵をどこに置いたかを思い出すには、鍵を置いたことだけでなく、いつ・どこに、置いたのかまで思い出さなくてはなりません。
鍵は毎日持ち運びするため、鍵を置いた膨大な経験の記憶の中から、直近の鍵を置いた記憶を区別し思い出すのは大変です。
鍵の置き場所を固定すれば、固定された置き場所さえ覚えておけば良いので、記憶への依存を相当減らせます。
しかし、「いつものところに置く」こと自体も記憶に依存しているため、これも難しいようなら、鍵に音が鳴るセンサーをつければ、家にある鍵を捜し回ることからはおそらく解放されます。これも覚えることをやめる方法の一つです。