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生き方

終末期患者が教えてくれた「幸せな死に方」

町田宗鳳(広島大学名誉教授)

2020年01月27日 公開 2021年04月23日 更新

 

普段から「死をイメージしておく」ことの大切さ

なぜこのような達観に到達できるのか。それは死を前にすると、不要なものが意識からこそぎ落されていくからではないでしょうか。

あたかも多段式ロケットが使い切った燃料を次々と切り離して宇宙空間に突入するように、人もあの世に移行する前に、さまざまなものを捨てていくわけです。

不要な荷物があると、執着も大きくなる。アイリーンさんに代表される、本書に登場する人たちの多くは、荷物を下ろしてスッキリしているかのようです。

自らの尾を噛み円となる蛇、ウロボロスさながら、人は死を前にすると、心が赤ちゃんに返り、素直になっていきます。あらゆる想念を手放すことが、悟りにつながっていくのです。

しかし、死を前にして、すぐさまこの世の迷いを払えるかというと、これがなかなか難しい。死への助走が必要なのです。だからこそ、私たちは平素から死について想いを巡らせ、人生の断捨離をしておかなくてはいけません。

訳者の鈴木晶氏は、現代の日本では「死」が隠蔽されているのではないか、と問いかけています。自宅で老衰のために亡くなることが減ってきた現代社会では、どこか死がタブー化されているきらいがあるのは事実でしょう。

ですが、死はとても厳粛なものです。幼い子どもでも死の瞬間に立ち会わせたほうがいい。その経験は得難いものです。

人は、死を前にして最後の成長を遂げることができます。不安や恐怖を乗り越え、死を受け入れる心理プロセスは、人にとって最大にして最後のレッスンなのです。

それまで散々な目に遭ってきた人でも深い感謝の念に包まれながら、死を迎えられるなら、人生の「勝ち組」となります。

死は、人間が創り上げる最後の芸術作品です。本書に登場する大半の人たちも、美しい芸術作品を創り出しています。

すべてをありがとう。
みんな、ありがとう。

本書に登場するルネさんの手紙文です。

この境地にこそ、人としての最高の尊厳があります。

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