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生き方

日本の企業で「働かない上司」がなぜか放置される理由

石川幹人(明治大学教授)

2020年07月27日 公開 2022年03月07日 更新

 

サイコパスは硬直化した組織の救世主

では、あなたの同僚はなぜ見て見ぬふりをするのでしょうか。それは本能的に別の「安定志向」と言える無意識の機能が働いているからです。これにより、もし職場の仕事が曲がりなりにも成り立っているのであれば、「憤りに駆られた誰かの行為で、その安定を損なわれたくはない」と思うわけです。

もし、自分だけが憤りに駆られて上司を糾弾すると、危険な立場になる可能性もあります。職場の安定を損なう違反者となりかねないのです。心の内では憤りを感じているが、危険な立場を懸念して、憤りを押し殺している同僚もきっと多いにちがいありません。

協力集団の結びつきが強ければ強いほど、この違反者の排斥力は大きく働きます。それは生理学的にも裏付けられています。

人間関係の結びつきを強める作用のある「愛情ホルモン」とも呼ばれるオキシトシンは、それを投与すると、密な関係がますます強くなる一方、部外者を排斥する力も強くなる傾向が知られています。

いじめが横行する背後でも同様の作用が見られます。いじめっ子が支配する集団の中では、いじめを糾弾せずに「見て見ぬふり」をする人々が増えます。

告げ口をすれば、次のいじめのターゲットになる危険性が生じるからです。誰か一人でも危険をかえりみずに糾弾する人が出れば、状況は変わる可能性が生じるのですが、危険性を考えると躊躇してしまいます。

そんなときに、活躍が期待できるのが、サイコパスです。サイコパスは危険意識や恐怖感が低いので、このような場合、自分の立場を気にせずに糾弾をしてくれる期待が持てます。

 

一人で不正に立ち向かわない

以上のように、本能を先行させると、職場でとるべき態度がゆらいでしまいます。そのうえ、個人としての対処には危険も伴い、限界も感じられます。そこで、理性で状況分析を行い、解決策を模索しましょう。この問題に関しては、社会制度としての解決が効を奏します。

一つは、かねてより伝統的な職場で導入されてきた労働組合の活用です。一人だけで糾弾すると職場で孤立しがちですが、労働組合に相談すれば孤立が防げます。

そして団体交渉の形で申し入れすれば、上司の態度を改めてもらえる可能性が出てきます。経営陣と労働組合がよい関係にある企業であれば、効果は絶大です。

もう一つが、コンプライアンス(法令)の明確化を迫ることです。上司である管理職の職務は何であるかを明言してもらうのです。

そこに仕事の進捗管理や部下の能力育成などの義務が謳われていれば、上司の仕事を果たしていないことが明らかになり、大手をふって糾弾できます。これも外集団の組織では有効な方法です。

職場のルールが不明瞭な状態ならば、「売上げが挙がっていればそれでよい」などの安易な主張が許されがちです。それが、違反者の概念をあいまいにし、職場の将来を考えた建設的な提言を抑圧してしまっているのです。

 

日本型の組織が違反者を増やす

かねてより日本の組織では、仕事上の義務と責任を明確化せずに、臨機応変に職場で決める方式がとられる傾向がありました。それはそれで、仕事を取り巻く環境の変化に伴って柔軟に仕事を進められるよさがあります。

しかし、管理者がルールを暗黙のうちに決めて運営することで、タダ乗りが増える恐れも生じていました。こうした組織では、管理者の気持ちを推し測ったり、誰が誰を気に入っているか(嫌っているか)を敏感に察知したりすることで、職場の中で利益をうまく自分へと誘導できるのです。

この「職場の空気を読む」能力は、日本文化の中で強く育まれています。日本の伝統的職場が内集団の特徴を持った組織だからと言えます。

一方、見知らぬ人がルールを守る誠実な人かどうかを見抜く能力は、アメリカ人は高いのですが、日本人は非常に低いことが知られています。

アメリカの職場が外集団メンバーの集まりとして運営されてきたのに対し、日本の集団では、その仲間である限り協力が見込めるので、個々に誠実性を見抜く必要性が低かったのです。従来の日本型組織の存続が危うい現代はルールを明文化するなど、外集団の特徴を取り入れる必要があります。

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