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ニンジャ、サムライ、スモウ…多国籍軍のラグビー日本代表を“ONE TEAM”に変えたミーティング



2020年08月12日 公開

藤井雄一郎(ラグビー日本代表強化委員長)

藤井雄一郎
(写真:吉田和本)

2019年のラグビーW杯で、日本代表は史上初めてベストエイトに進出するという快挙を成し遂げた。その勝因の一つは、日本代表が真の「ONE TEAM」になったことだった。

日本代表には、ラグビーのプロ選手と親会社の仕事をこなす社員選手が混じり、さらに韓国、ニュージーランド、南アフリカ、オーストラリア、サモア、トンガの選手が集結。さまざまなバックグラウンドを持つ選手たちは、いかにしてONE TEAMとなったのか。

日本代表強化委員長(現・ナショナルチームディレクター)の藤井雄一郎が、いま振り返る。

※本稿は藤井雄一郎著『ONE TEAMはなぜ生まれたのか』(PHP新書)より一部抜粋・編集したものです。

 

ニンジャミーティングにサムライミーティング…結束や理解を促す数々のミーティング

ワールドカップイヤーの春を振り返る。当時の代表候補の多くは日本、ニュージーランド、オーストラリアでスーパーラグビーの2軍クラスのチームと試合を重ねていたが、それと並行してチームワークも醸成。それを下支えしたのは、たくさんの種類のミーティングだった。

ジェイミージャパンは一丸となって多国籍集団を目指す難しいチャレンジにやりがいを持っていた。さらに付け加えれば、その難しいチャレンジを実現すべくさまざまな形のミーティングを作り、実践していた。

ゲームプランなどを落とし込む全体ミーティングや首脳陣の提示したプランをリーダー陣ですり合わせるリーダーズミーティングに加え、ポジションごとのミーティングも実施。

さらに、ジェイミージャパンでは選手がグラウンドの左右、中央でユニットを作るポッドという攻撃戦術を採用しているが、そのユニットごとのミーティングも組まれていた。

内輪でつけたそれぞれの位置の名称にちなみ、「スモウミーティング」「サムライミーティング」「ニンジャミーティング」と細分化されている。ジェイミーが選手と時折おこなう1on1ミーティングは、回数こそ少ないものの選手選考や相互理解に大きな影響を及ぼす。

ジェイミーがその選手にチームで求めることを伝えた際、内容を把握したうえでの突っ込んだ返事ができる者は長く選ばれる傾向にあった。また、ジェイミーが2018年から試合のメンバーではない選手とよく話すよう意識し始めた。

ここではなぜメンバーから漏れたか、試合に出るのに必要な項目などが伝えられる。その他、チーム皆で出かける「チームディナー」の他に「グループディナー」をするための1組3〜4人のグループを編成。これはポジションや経歴などとは異なる枠組みで作られている。

さまざまな枠組みのグループを作ることで、大所帯の組織でも特定の仲間同士で固まらない雰囲気ができたのではないか。

 

グローカルミーティング

数あるミーティングのなかでも最も我々らしさが出ているのは、グローカルミーティングだろう。グローカルとはグローバルとローカルを重ね合わせた造語で、多文化を理解し合おうという私たちの気構えを言語化したものだ。

その一環として週に1回程度おこなわれるのがグローカルミーティングで、食事前に15分ほど時間を取って、レクリエーションで仲を深めたり、チーム文化を確認し合ったりする。

ワールドカップの期間中に、ジェイミーと翔太が「叩いてかぶってジャンケンポン」をする映像がツイッターなどで流れたのをご存じだろうか。多くの反響があったあの動画もグローカルミーティングの最中に撮っていて、当時は太田千尋S&Cコーチが仕切ってさまざまな催しを楽しんでいた。

ちなみにメンバーをある程度絞って国際大会のパシフィック・ネーションズカップ(環太平洋のフィジー、トンガ、アメリカ、サモア、日本、カナダが参加)に挑んだ7月から8月以降は、キャプテンのリーチがグローカルミーティングの時間を使って日本ラグビー界や我が国のバックボーンをレクチャーすることがあった。

お題は「東日本大震災」「日本にやって来たトンガ人留学生の歴史」「1945年の広島、長崎での原爆投下」など、時節や直近の対戦相手を踏まえてリーチ自らが設定していた。

グローカルミーティングが始まったのは、2018年のサンウルブズの活動中だったと記憶する。2018年のサンウルブズは2019年の活動の礎(いしずえ)を作る動きが多くあった。最たるものは、コミッティという仕組みだ。

ドレスコミッティ、ウェザーコミッティなどさまざま々な分野の「委員会」を設け、ツアーに出る際はその遠征先が出身という選手が就任。その土地の天気、観光スポット、グルメなどを皆にレクチャーするのだ。

ツアー中に選手が部屋に閉じこもって退屈したり、孤立したりしないような仕組みとして、首尾よく機能した。当時のサンウルブズには、リーチ、ラピース、稲垣、堀江、流、姫野、中村などなど、ワールドカップイヤーの代表候補も多い。

サンウルブズのチームカルチャーがあの頃の日本代表に染みわたっていたことも確かだろう。ジェイミーが豪快に束ねる『ONE TEAM』は、各人にチーム作りを支える何かしらの仕事、責任業務を与えることで、それぞれに組織への帰属意識やその人なりのリーダーシップを育んできたのである。

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