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生き方

なぜ「涙を流す」と心が癒やされるのか? がん患者と向き合い続けた医師が語るその効能

清水研(精神科医)

2020年09月12日 公開 2024年12月16日 更新

 

心理学的に泣くことは、弱さでなく強さ

最新の心理学に基づいた精神科の臨床では、「悲しいときは、泣くことを我慢する必要はない。泣けるのであれば気持ちを押し込めずに泣いた方がいい。それは弱さではなく、実は強さなんだ」というアドバイスを送るようになりました。

しかしこの心理学の常識は、まだ十分には知られていないように思います。つらいことがあったとき、気持ちを押し殺してアルコールで憂さ晴らしをする方もいますが、これは最もよくないストレスへの対処法の1つです。

さまざまな危機と向き合うときに、怒りや悲しみといった負の感情には大切な役割があるということを、知っていただきたいと思っております。私の外来では、無理やり語ってもらうようなことはしませんが、苦しい胸の内を充分に語っていただきやすいようにさまざまな配慮をします。

これは、悲しいときには悲しい気持ちをきちんと表すことによって、自らの力で立ち直ることができるという考えに基づいています。悲しみの嵐が落ち着いてくると、「起きてしまったことは変えられない」という考えが生まれます。諦めのようなニュアンスからではありますが、現実を受け入れようとする心の動きです。

そうすると、その現実を前提としてどう生きるかということを考えるプロセスが始まります。患者さんが「どこに向かうべきか?」、答えはその人の中にあるので、私が代わりに答えを出すことはできません。

私は患者さんご本人たちに「あなた自身の力で向き合っていくことができます」と促し、自分で答えを見つけてもらっているのです。私の外来では、あくまでも主役は患者さんその人です。なぜなら私は「人間は、苛烈な体験があっても、それをくぐり抜けていく力が備わっている」と信じているからです。

 

”正しく”悲しむために

「悲しい」という感情は、「自分は何か大切なものを失ってしまったのだ」ということに気がついた時に湧き上がります。この「悲しい」という感情を正面から受け止め、しっかりと「悲しむ」と心の傷が癒えやすくなり、「喪失と向き合う」という課題が進むのです。

実際に、大切な人を亡くした遺族のカウンセリングにおいては、積極的に悲しむことが回復を助けることが科学的に証明されていますし、私自身の経験からも、このことは支持できると考えています。

悲しみの感情が生まれると、自然と涙が湧いてきます。しかし、日本では人前で涙を見せることはみっともないことだと思い込んでしまう風潮が強いので、涙を流さないようにグッとこらえて我慢してしまう人が少なくありません。我慢する癖がついていると、悲しみの感情が湧きにくくなります。

特に、男性は子供の頃から「男はめったやたらと泣くもんじゃない」と言われて育っているため、涙を我慢する傾向が女性より、より強いようです。小さい頃、私は「泣くのは弱い人間のやることだ」と繰り返し言われ、泣くと「弱虫」のレッテルを友人から貼られたものです。

また、1970年の三船敏郎さんが出演したCMには、「男は黙ってサッポロビール」というフレーズがあり、無口であることが男性のあるべき姿だというイメージが流布されていました。

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いつも涙は心を癒してくれる

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