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「孫正義氏の伝説」に心を動かされたJR九州社長



2021年03月05日 公開

唐池恒二(JR九州会長)

アウレリウス、本田宗一郎、孫正義、永守重信――歴史上の偉人や名経営者の勤勉に打ち込む姿勢に現代でも感銘受けるものは少なくない。JR九州会長の唐池恒二氏は自身の逆境を支えてくれたのは彼らの言葉だったと語る。

※本稿は、唐池恒二著『逃げない。』(PHP研究所)より一部抜粋・編集したものです。

 

ミカン箱からはじまった売上3兆円

古代ローマの五賢帝の一人と称されるアウレリウス皇帝は、夢について述べています。

「大きな夢をみよう。大きな夢だけが人の心を動かす」

私も「ななつ星」という豪華列車を走らせる構想をぶち上げたとき、「世界一の豪華列車をつくろう」と大風呂敷を広げました。するとどうでしょう。そのプロジェクトに関わった人たちは、「世界一」という言葉にみなわくわくしました。そして熱く燃えました。

本田宗一郎氏は、1948年の創業時からでかい夢を抱いていました。世界一のオートバイメーカーになるという夢です。創業間もなく、宗一郎氏は、小さな工場の一角に従業員を集め、自らリンゴ箱の上に立ち、檄を飛ばします。

「世界一じゃなきゃ日本一じゃない」当時は、やっとオートバイの1号機を世に出したばかりで、従業員はみな度肝を抜かれたようです。しかし、その後のホンダの躍進を見ると、宗一郎氏の「世界一」という言葉に向かって突っ走ってきたように思えます。

宗一郎氏の言葉は、今もホンダのDNAとして受け継がれています。ホンダには、HONDAイズムと呼ばれている行動理念があります。その7番目に掲げられているのが、「世界一じゃなきゃ日本一じゃない」です。

孫正義氏は、1981年に今のソフトバンクの前身の会社を立ち上げました。創業初日、孫氏は、ミカン箱の上に立ち二人のアルバイトを前にして、途方もない夢を語ります。

「諸君、わが社は売上が5年後に100億円、10年後に500億円になります。そして30年後には、豆腐屋のように、売上を一丁(1兆円)、二丁(2兆円)と数えるような会社にします」

聞いていた二人のアルバイトは、ぽかんと口を開けて、「何を言ってんだよ、この人は」というような顔をして、2日後には二人とも辞めていったそうです。

アルバイトのほうがいたってまともです。孫さんが無茶なことを話したと見るのがふつうでしょう。しかし、結果は孫さんの言う通りになりました。

創業から30年後、すなわち2011年度のソフトバンクグループの決算を見ると、なんと、売上が3兆2000億円、営業利益が6700億円ですよ。一丁、二丁ではなく三丁ですよ。大きな豆腐屋になったものです。孫氏は、のちに若者たちに語っています。

「これまでの会社経営で一番学んだことといえば、やはりまず志を大きく持つこと。それを非常に強く真剣に思って、なおかつそれに向って努力していけば、方法論や道はおのずと開けてくると実感しています。思いの大きさ、強さ、方向性、それが一番大切です」

ここでもう一つだけ、念のため付け加えておきます。夢を語るときはリンゴ箱かミカン箱を用意したほうがいいかもしれません。

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