今どきの「本を書きたい人」がぶつかる壁 出版社の編集者はどこに着目するか?
2021年03月16日 公開 2022年10月12日 更新
かつて、自分の壮絶な経験や深い考えを広く一般に知らしめるのは、"書籍"が最も適した手段だった。そこに"ラジオ"や"テレビ"などが加わり、昨今ではさらに、即時性、拡散性で圧倒的に紙の書籍に勝る"ネット"が加わり、自らのことを表現する手段や機会は格段に増えた。
その結果、表現手段としての書籍はネットにとって変わるかと思われたが、実際はそうでもない。紙に文字を印刷して流通させる紙の本もコロナ禍でも好調が伝えられる。
作家であり「日本で一番出版に結びつく著者養成ゼミ」の講師も務めるアップルシード・エージェンシーの代表の鬼塚忠氏に、「今どきの出版したい人の事情」を伺った。
市場が“本を出したいバレリーナ”に求めるのは…
作家のエージェントというちょっと聞きなれない仕事を20年間しています。独立する前から通算すると25年です。独立してからの20年間で1100冊以上の書籍を生み出しました。
分かりにくいと思われた方には、著者を対象にした芸能プロダクションのような存在といえばいいのでしょうか。小説からビジネス・実用、政治・経済まで、社員7人でほぼすべてのジャンルに対応しています。
著者にはベテランの書き手もいますが新人の書き手も多いです。なぜなら、著者デビューの時にもっとも経験則や人脈が必要とするからです。
先日、あるバレリーナの方がいらっしゃって、「いままでの私の人生を書籍にしたい」と相談をうけました。彼女の人生を聞き、幼少時代からの写真を見せていただきました。
話を聞きながら、今の出版事情を鑑みて、市場で売れる数字を推計しました。採算分岐点を超えそうにないので正直に「難しいので、書籍にこだわっていなければネットで発表してはいかがですか」と提案させていただきました。しかし、彼女はどうしても書籍がいいというのです。
その後、雑談をしていると、あることに気づきました。写真の中の彼女は、幼少のころから今まで、細く、理想的な体形を保っていました。50を過ぎた今でも、20代の頃とまったく変わりないというのです。
「摂生に苦労しているのではないですか?」と聞くと、「いや、そんなことはないですよ。なれればまったく苦労しないのですよ。食事もおいしくいただいています。ただ、食事は寝る前4時間は食べない、朝は雨の日以外かならず1キロ散歩するとかのこだわりはあります」というのです。これだと思いました。
「50年間苦労せずに理想体型を維持した バレリーナの30の簡単生活習慣」というタイトルを紙に書いて渡し、「これであれば大手出版社から出版できます、あなたの作品を紙に印刷して世に残したいという気持ちはやまやまなのですが、女性がいい体型を保ちたいという気持ちはその数十倍の市場があります」と正直に伝えました。
すると彼女は意外にも喜んで「教えられた通りに企画書を書いて後日持ってきます」と帰っていきました。
“有名無名”は実用書の出版に関係ない
しかし、数日後に返ってきた言葉が「あの、娘から言われたのですが、お母さんは芸能人でも有名でもないし、お母さんに誰も興味ない。だからそんなもの出しても売れない。売れないと恥ずかしいからやめて、と言われた」というのです。
よくあるパターンです。「有名でないから売れない」。しかし、そんなことはありません。私は、スマートフォンを取り出し、ネット最大書店のランキングを1位から50位まで見せました。
そこには著者名と書名が載っています。「これが今現在、ネット書店で売れている本50冊です。町中の実際の書店と大きく変わりはありません。この50人の中で知っているのは何人ですか?」と聞くと彼女は数えはじめ、「15人です」というのです。
彼女は30%の人しか知らなかった。つまり、70%の著者の名前を知らなかった。わたしとて同じような数字だと思います。皆様も調べてみればわかると思うのですが、ランキングの半分以上の人を読者はよく知りません。
そのなかで、一部では有名だが世間一般では無名という人もいます。そういう人をはぶけば、およそ3割ほどの人が無名の人です。
書籍は、実用書に限って言えば、著者が有名無名とかだけにそれほど左右されないのです。重要なのは、人が知りたい内容とか、人が困ったことに対する解決方法がしっかりと書かれてあるかどうかなのです。無名でも、書く内容が読者の求めている内容に適していれば、じゅうぶん勝算があります。
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