PHPオンライン衆知 » 経済 » 日本人の知識は「大学入学時がピーク」という慢性的な危うさ

日本人の知識は「大学入学時がピーク」という慢性的な危うさ

2021年10月28日 公開

佐藤優(作家、元外交官)

佐藤優
(写真:Shu Tokonami)

かつて、日本の大学では多くの学生が入学と同時に勉強をやめ、大学のレジャーランド化が問題となった。その反動か、現在ではカリキュラムがきちんと組まれ、より計画的な教育方針が打ち出されるようになっている、と作家で元外交官の佐藤優氏は語る。

しかし佐藤氏は著書『読む力を鍛える』にて、依然として「大学入学時が知識のピーク」な状況は変わっていないと指摘する。本稿では、『知の操縦法』(平凡社)の文庫版として刊行された同書から、日本の高等教育が上手くいかない原因を述べた一説を紹介する。

※本稿は、佐藤優著『読む力を鍛える』(PHP文庫)より一部抜粋・編集したものです。

 

日本にはびこる反知性主義

最近、複数の読者からショッキングな質問をされました。それは、「ピケティの『21世紀の資本』が難しくて読めない。どう読めば理解できますか?」という質問です。

『21世紀の資本』は、数式は不等号と割り算しか使われていないし、 翻訳も原語の意味を損なわずに正確な日本語で書かれています。小学校5年生レベルの算数の知識があればわかるはずなのに読めないし、頭に入らない。

真面目な人だとノートに重要なところを書き写してもわからない、となる。論理展開をつかむことができる力、読む力が相当落ちているんだな、と痛感させられました。

でも、これは読む側だけでなく、書く側にも同じことが言えるんです。一般論として、 頭に入りにくいのは、新聞記者の書く文章なんです。

書くことを生業にしている人たちなので、みなさんは意外に思われるかもしれませんが、新聞記者は短い文字数で要旨を書かなければいけないので、接続詞を飛ばす傾向があり、論理連関がどうなっているかを明示せずに、勢いで読ませる文章になりやすいのです。

また、そのニュースにとって重要なこと、結論から書くというスタイルなので、単行本や新書のように長い文章を書かなければならなくなると、息切れしてしまって論理展開が不十分だったり、途中から文体が変化したり、読み手に不親切な文章になってしまうのです。

読む力と書く力が下がっていること、それは「知」の体力が下がっている、と言い換えてもいい。

私は反知性主義を「客観性、実証性を軽視もしくは無視して自分が欲するように理解する態度」と説明していますが、一定の知的訓練を受けていないことをよしとし、自分が信じたいことを書き、読むという、「反知性主義」の本が量産されているのも、「知」の体力が下がっていることを表しているのだと思います。

 

「ビリギャル」に見る新自由主義

いまの日本の「知」は、新自由主義的でもあります。この状況は、ベストセラーになって映画化もされた「ビリギャル」(『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』坪田信貴著、KADOKAWA、アスキー・メディアワークス、2013年)に、よく表われています。

あの本を読んで、「うちの子も慶應に行けるかも!」と思った親がいるかもしれませんが、小学校4年生ぐらいの学力しかなかったビリギャルのさやかちゃんが成功した要因は、私立の中高一貫校に通っていたこと、お金に余裕がある家庭環境だったことが挙げられます。

さやかちゃんが通っていた塾の授業料は、一括納入で百数十万もします。塾だけでなく、私立高校の学費もありますから、1年間で200万近いお金を用意できる経済力がないと、ビリギャルは成功しません。

毎日出る塾の課題を消化し、なおかつ睡眠をきちんととるために、さやかちゃんは学校の授業はほとんど寝ていたんですが、学校で寝ていても追い出されないようにしなければいけないし、理数系はゼロ点だけど卒業単位ももらわないといけない。

さやかちゃんが授業中に寝ていて呼び出されたとき、さやかちゃんのお母さんは「学校しか、寝る場所がないんです。さやかは慶應に行く子なんです。寝かせてください」と抗弁して譲らなかった。それで、寝ていてもゼロ点でも大丈夫という、塾の勉強に特化できる環境ができたんです。

公立高校だったら、まず無理でしょう。つまり、これは新自由主義時代の受験産業の物語なんです。小学校4年生ぐらいの学力しかなくても、お母さんの要求も許容する私立学校に通わせ、塾に行かせるお金の余裕があったからこそ、私立大学の名門である慶應に行くチャンスが生まれた。

ただ、必ずしも本人にとってハッピーとは思えません。「大学で学ぶ」ではなく「大学に受かる」ことが目的だからです。

小学校4年生のレベルだと統計学も経済学も何ひとつ理解できないから、大学の授業のほとんどが理解できずに、お情けで単位をもらって卒業することになってしまうリスクがある。これでは入学歴だけで、高等教育の知識が何も身に付きません。これで果たして、大学に行く意味があるのでしょうか。

次のページ
なぜ多くの学生は「大学入学時がピーク」なのか >

関連記事

編集部のおすすめ

医学部に受かる人、落ちる人 カリスマ予備校講師が見つけた5つの違い

犬塚壮志(元駿台予備校化学講師、東京大学大学院生)

親の性格は遺伝するのか? 「双子の研究」が示すDNAの影響力

石川幹人(明治大学教授)

子どもを「勉強嫌いにする親」と「勉強好きにする親」の決定的な違い

高濱正伸(花まる学習会代表)

2月開催!!ハッピーウーマンオンラインセミナーシリーズ-Dr.クリスティンペイジ

WEB特別企画<PR>

アクセスランキング

WEB特別企画<PR>

2月開催!!ハッピーウーマンオンラインセミナーシリーズ-Dr.クリスティンペイジ
  • Facebookでシェアする
  • Twitterでシェアする

ホーム » 経済 » 日本人の知識は「大学入学時がピーク」という慢性的な危うさ

×