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どんなに寂しく苦しくても気持ちが変わる...作家・伊藤比呂美の「究極のおすすめ」

伊藤比呂美(詩人・作家)

2022年03月10日 公開 2022年08月10日 更新

 

笑うだけで、苦しみが一瞬なくなる

実は、ひとつ知っています。辛い苦しいことにとらわれて明るい顔のできない日々に、笑いを持ち込む方法。笑いを、強制的に、外から持ち込む。

落語や漫才。お笑い全般、何でもいい。見て、聞いて、笑うんです。テレビでもYouTubeでも、DVDとかCDとかでも。

切り傷があったら、バンドエイドを貼って傷から水が入ったりしみたりするのを防ぐように、笑いますと、それだけで、当座の苦しいのが一瞬なくなる。

わたしは落語を聞きましたよ。

家事をやってるときや車を運転しているとき、ぼんやりして辛さ苦しさにとらわれそうなとき、落語、しかも古い落語家の昔の録音の古典落語を、かけてかけてかけまくり、聞いて聞いて聞きまくり、ずっと笑っていた。笑わずにはいられなかった。

耳から声がダイレクトに入ってきて、全身がシャワーを浴びたみたいに笑いにまぶされて、命が延びるような気がしたものです。

笑いと言いましても、ワハハと笑うだけが笑いじゃない。ウフフもニコニコもニヤニヤも笑いです。口角を少しだけあげて「ふ」と思うのも、ぽかんと口をあけて息を吐くのも笑いなんじゃないか。

それなら、たとえばテレビの中の人たちに好きな人をつくるのはどうでしょう。今どきのことばで「推し」と言うアレ。お笑いの人だって、アイドルだって、俳優だって、スケート選手だって演歌歌手だってオペラ歌手だって。手間はいらない、一方的に見ていればいい。

好きな人を見れば、ふんわりした喜びが心の底からわきあがってきて、そのたびにニコニコできるんです。

究極のおすすめが猫ですね。どんなにつまらない寂しい苦しいときでも、あのやわらかくてあたたかくて自分のことしか考えていない生き物がにゃーーとすり寄ってくれば、どういうわけだか、自分の存在が根底から支えられたような気持ちになって、ふうっと息を吐くことができるはずです。

【伊藤比呂美(いとう・ひろみ)】
1955年、東京都生まれ。ʼ99年に『ラニーニャ』(岩波現代文庫)で野間文芸新人賞、『とげ抜き 新巣鴨地蔵縁起』(講談社文庫)で2007年に萩原朔太郎賞、ʼ08年に紫式部文学賞を受賞。近著は『いつか死ぬ、それまで生きる わたしのお経』(朝日新聞出版)。

 

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