「最高峰の作家」――それは威厳たっぷりの髭をたくわえた、いかにも文豪らしい人物とは限らない。2020年、イギリス最優秀ネイチャー・ライティングに贈られるウェインライト賞を史上最年少で受賞したのは、なんと執筆当時14歳のダーラ・マカナルティ、パンクTシャツのよく似合う少年だ。
自閉症ゆえに教師から「文章が書けない」と言われたこともあれば、同級生にいじめられたこともある。けれど、「自閉症のぼくはみんなより世界を強く感じられる」というダーラは、自分にしか見えない美しく愛おしい世界を日記に書きとめつづけている。
※本稿は、ダーラ・マカナルティ著『自閉症のぼくは書くことで息をする 14歳、ナチュラリストの日記』(&books/辰巳出版)を一部抜粋・編集したものです。
自閉症のぼくと愛すべき自閉症の家族
両親はふたりとも労働者階級の家に生まれ、一族のなかで大学に行って卒業した最初の世代で、いまも世界をよりよいところにするという理想で生き生きしている。
パパは、昔からずっと、科学者だ(海洋科学者でいまは保全科学者でもある)。野生の地がもっている秘密と知識を生き返らせ、自然の謎をぼくたち全員に説明してきてくれた。
ママのキャリアがたどる道筋はというと、まるで川を渡るときみたいで、どうしたって一直線にはならない。音楽ジャーナリスト、NPOスタッフ、学者――いまもその全部を少しずつやっているし、ぼくの9歳になる妹、ブローニッドに自宅で教えたりもしている。
ブローニッドという名前は「花開くもの」という意味で、いまの彼女は昆虫の豆知識をいくつも教えてくれるし、カタツムリを飼い、家じゅうの電気製品(ママにとっては悩みのタネ)の修理もしてみせる妖精みたいなエキスパートだ。
そしてぼくにはローカン――「猛々しいもの」――という弟もいる。13歳のローカンは独学のミュージシャンで、いつだってぼくらの心からの驚きととまどいをいっぺんにかき立ててやまない。山を駆け下り、がけから海に飛び込み、ふだんから中性子星並みのエネルギーで人生を突き進むと思ってほしい。
それからロージーもいる。レスキュー施設にいたグレイハウンドで、おなかにひどくガスがたまる、まだら柄の彼女をぼくらは2014年に引き取った。いまやわが家のトラ毛犬だ。名づけて生きてる(リビング)クッション、すばらしい仲間でストレスをやわらげてくれる。
そしてぼくはといえば、ええと、「物思いにふけるもの」で、いつも手が汚れていてポケットは死骸とか(たまに)動物のふんでいっぱいだ。
腰をすえてこの日記をつけはじめるまえに、ぼくはオンラインのブログも書いていた。かなりたくさんの人が楽しんでくれて、何度となく本を書いたほうがいいと言ってもらえた。
これはそれこそ本当にすごいことで、だって、まえにある先生から両親はこう通告されていたから。「息子さんは読解力テストがちゃんとできるようにはならないし、ましてや1パラグラフだって紡げはしませんよ」。
それがこのとおり。ぼくの声は火山みたいにわき返っていて、書いているうちにこのもやもやと情熱が一気に世界へと爆発したっておかしくない。
ぼくたち家族は血でつながっているだけじゃなく、全員が自閉症で、パパだけちがう――ここではパパがはみ出し者で、自然の世界はもちろん人間の世界の謎を分解するときに頼りにする人でもあるというわけだ。
全員そろえば、ぼくらは風変わりでカオスな一団になる。しかもけっこう手強い、どうやらね。ぼくらはカワウソみたいに仲よく、身を寄せあいながら、世界を進んでいく。
ケルト神話が息づく森
けさはみんなでお気に入りの場所に出かける。ビッグ・ドッグ・フォレスト、アイルランドとの国境に近いシトカトウヒの植林地だ。
ここにある砂岩の小山ふたつ――リトル・ドッグとビッグ・ドッグ――は、ブラーンとシュキョーランという大型の猟犬2頭が魔法をかけられた成れの果てだと言われていて、その2頭が仕えていたのは伝説に名高いフィン・マックール、狩猟家で兵士で、神話に出てくるフィアナ騎士団の最後の団長だ。
言い伝えによると、狩りに出ていたとき、フィンの2頭の犬は悪い魔女マロクトのにおいを嗅ぎつけて、追跡したらしい。
魔女は逃げて鹿に変身し、追いつかれないようにしたのだけど、それでも差をつめてくるものだから、強力な魔法をかけて犬たちを、小犬と大犬を、きょうぼくらが目にする丘に変えたという。
ぼくはこういう名前がこの土地の物語を伝えているのも、その物語を伝えることで過去が生きつづけるのも大好きだ。
それと同じくらい、科学的な説明で地質学者たちがこの神話を吹き飛ばすのにもぐっとくる。丘陵の砂岩はまわりの石灰岩よりも頑丈なので、石灰岩が氷食作用ですり減っても、砂岩は残り、くずれた氷河時代の瓦礫(がれき)よりも高くなったのだという。
去年のちょうどこの同じ時期、丘のてっぺんに着いて目にしたのが、4羽のオオハクチョウの雄大な光景だった――ほかでは見られない本物の野生のハクチョウたちだ。もの静かな、あの悲しげな姿が水面で優雅にゆれていて、首を高く伸ばしていた。
もしかしたら4羽は「リルの子どもたち」だったのかもしれない。エイ、フィヌーラ、フィアクラ、コンは、残酷な継母のイーファに呪いをかけられ、ハクチョウとなってロック・デラヴァラで300年、モイル海で300年、イニッシュグローラ島で300年過ごしたといわれる。
空気みたいにじっとして見守っていると、波紋が広がり、ハクチョウたちが飛ぶ態勢に入った。翼を伸ばし、頭を下げ、脚を激しく回転させて、不格好な水かきを動かし勢いよく飛び立っていく。遠ざかりながら、らっぱを鳴らし、王様の護衛隊さながらだ。
4羽は北西に消えた。たぶんアイスランドの方角に。