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「性自認」がジェンダーを決める国もある... 文化人類学で考えるLGBTQ

奥野克巳(文化人類学者)

2022年08月22日 公開

「性自認」がジェンダーを決める国もある... 文化人類学で考えるLGBTQ

急速な工業化とグローバリゼーションがもたらした気候変動によって、人類のみならず、その他の地球上に生きとし生けるもの、挙句は地球そのものの存続すら危ぶまれようとしている。近年、そのような危機的な時代を「人新世」と呼ぶようになった。

そんな時代を生き抜くために必要な羅針盤として、いま改めて「文化人類学」という学問が注目されている。長年、東南アジアで狩猟採集民・プナンとともに暮らし、研究を行ってきた著者が語る人類の多様な生き方は、閉塞感が漂う現代社会をサバイブするための重要なヒントを与えてくれるはずだ。

我々の社会とは異なり、「5つのジェンダー」が存在するというインドネシアのブギス社会。そこを通して、ジェンダーは固定のものではなく、自分の意志で越境できるという生き方を紹介する。

※本稿は、奥野克巳著「これからの時代を生き抜くための文化人類学入門」(辰巳出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

ジェンダーとは何か

性に関連して、今日ではしばしばLGBTQに見られるような、さまざまな性・性的指向・性的アイデンティティをめぐる運動や考え方が知られるようになってきています。

多様な性文化を目の当たりにしてきた文化人類学においても、ジェンダー研究は積極的に行われてきました。ジェンダーとは一般的に「男らしさ」や「女らしさ」など、生得的ではなく、後天的にそれぞれの文化・社会において習慣的に構築される性のことです。

文化人類学においても、個々の人間社会が持つ価値観によって「性」というものが規定されている点に注目しつつ、男性と女性の社会的役割へと接近していきました。

現代日本でもしばしば同性婚を認めるかどうか、という議論が活発になされてきていますが、文化人類学はフィールドワークと民族誌をつうじて、同性愛というものを容認したり、積極的に行ったりする先行例があることを明かしてきました。

こうした地球上のさまざまな文化・社会には、男性、女性というジェンダーには含まれない、「第3のジェンダー」が存在することもまた、文化人類学は教えてくれます。

 

ジェンダーが5つも!? ブギス社会の性

ここではインドネシアのスラウェシ島のブギスの人々のジェンダーを取り上げてみましょう。ブギス社会には、男性でも女性でもない「第3のジェンダー」ばかりか、第4、第5と5つのジェンダーがあるとされます。

ブギスで第3のジェンダーに相当するのは、チャラバイと呼ばれる人々です。これは「偽りの女」という意味があり、生物学的には男性なのですが、異性装(この場合、女装)をし、言葉づかいやしぐさなども女性のように振る舞います。

とはいえ、性転換などの手術を施すことはありません。チャラバイとなった人の多くが、子どもの頃から女の子と遊ぶのが好きだったり、母親の仕事を一緒に手伝っていたというような経験があります。

また、ブギスでは男子割礼が行われているのですが、その執刀師が子どもの性器を見て、「チャラバイになるだろう」とその可能性をほのめかすことで、次第に方向づけられていくとも考えられています。

この意味では、LGBTQのうち、性自認と生物学的身体に齟齬が生じる、いわゆるトランスジェンダー的な存在だとも言えるでしょう。

ブギス社会では結婚式を盛大に行うことが好まれていますが、チャラバイはそうした結婚式のビジネスに携わり、料理の準備や給仕、披露宴を盛り上げる歌謡ショーなどを行うなどの社会的な役割を担います。

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「性自認」が重視されるブギス社会

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